虫歯菌の歩行〜日経サイエンス2023年5月号より
細菌と真菌が一緒になって移動し虫歯を広げている
ほとんどの人は虫歯を引き起こす微生物が口のなかに巣食っていることをあまり気にしていないだろう。それらの微生物は歯の表面を覆い,私たちが食べているのと同じ糖を食べ,酸を排出してエナメル質に穴を開ける。そして,この話の全体像はさらに不快だ。
米国科学アカデミー紀要に発表された新たな研究は,真菌と細菌が集まった塊が力を合わせて歯の表面を“歩いて”移動し,ときには“飛び跳ねて”動くことで,それぞれが単独で行うよりもはるかに速いペースで虫歯を広げている可能性を示している。
「これまでは細菌だけが集積して虫歯を引き起こすと考えられていた」と研究論文を共著したペンシルベニア大学の微生物学者で歯科医のクー〔Hyun (Michel) Koo〕はいう。クーのチームはひどい虫歯の幼児から唾液の試料を集め,細菌のストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)と真菌のカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)が自然に集合した塊を発見した。より健康な歯を持つ子供の唾液にはこの集合体は存在しない。顕微鏡で観察したところ,意外なことが明らかになった。この集合体は複雑な動きができるようなのだ。
真菌(青色)はジャンプするような動きで細菌(緑色)を前に押し出す。
真菌が“脚”となって
細菌の小さな細胞はそれぞれの塊の中心部に集まっている傾向があり,ねばねばした物質で全体を1つにまとめていた。一方,真菌の棒状の細胞は細菌よりも大きく,塊の外側に結合して“脚”として動き,成長とともにこの構造体を前へ動かしていた。前脚はときに歩行や前方にジャンプするような動きを見せ,集合体は後脚を表面につけたまま,一方向に急速に広がった。そうした2つの集合体が接近したら,手を伸ばして“握手”し,一体化する場合もあるだろう。
口のなかの微生物は「領土拡大を図る集団のように」新たな土地と糖などの資源を獲得していると,クー研究室のポスドク研究員で今回の論文を共著したレン(Zhi Ren)はいう。研究チームは細菌と真菌のこの共同体が,それぞれ単独でいる場合よりも成長が速く,機械的な力や抗菌物質による除去に対してより抵抗性が強いことを見いだした。(続く)
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