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匂いで診断〜日経サイエンス2023年5月号より

ある女性の超敏感な嗅覚をヒントに,パーキンソン病を嗅ぎ分ける簡易検査が登場 

2015年,ミルン(Joy Milne)というスコットランド人女性の類いまれな能力が大ニュースになった。パーキンソン病の患者を匂いで嗅ぎ分けられるというのだ。この病気は進行性の神経変性疾患で,患者数は世界で約1000万人と推計されている。それ以降,英国の科学者たちはミルンの協力を得て,パーキンソン病患者に特別な匂いをもたらしている分子を特定しようとしてきた。この結果,一連の分子が絞り込まれ,綿棒で皮膚をぬぐった試料からそれらを検出する簡単な検査法が開発された。

ミルンはパース出身の72歳の元看護師で,遺伝性の嗅覚過敏症のため匂いに対して非常に敏感だ。彼女は夫のレスがジャコウ臭を発するようになったのに気づいた。それから何年もたった後にレスはパーキンソン病と診断され,ミルンは体臭の変化と疾患に関連があると考えた。レスは2015年に亡くなった。



2012年,ミルンは研究・患者支援団体のパーキンソンズUKが企画したイベントで英エディンバラ大学の神経科学者クナス(Tilo Kunath)と出会った。クナスらは当初は懐疑的だったものの,ミルンの主張を検証することにした。ミルンに12枚のTシャツの匂いを嗅がせた。6枚はパーキンソン病患者のもの,6枚は罹患していない人のものだ。ミルンは罹患者6例のすべてでこの病気を正しく特定した。そして,健常者が着ていたTシャツでミルンが患者のシャツだと分類したものが1枚あったが,その人はその後1年足らずのうちにパーキンソン病と診断された。

クナスは英マンチェスター大学の化学者バラン(Perdita Barran)らとともに,パーキンソン病と診断された患者の皮脂(皮膚表面に見られる油性物質)を質量分析法を使って調べた。この結果,脂質の代謝に変化が生じていることを示唆する分子変化を発見した。(続く


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