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台風に飛び込む鳥〜日経サイエンス2023年4月号より

日本海のミズナギドリにとって,台風の目が安全地帯となっている

ビッグウェーブを狙うサーファーや勇敢な気象学者のように,日本海のミズナギドリは強力(で危険)な嵐にあえて飛び込んでいく。

台風がやってくると,ほとんどの鳥はそこから逃げるか避難場所に隠れる。何せ大嵐は鳥の大量死を引き起こす危険があるのだから。だが,英国と日本の研究チームが風のデータと75羽のオオミズナギドリを追跡したGPS位置情報を解析した結果,この海鳥はときに台風の中心に向かって飛んでいくことがわかった。台風の目を追って飛び,そのなかに8時間もとどまっている場合がある。



岸への激突を避けるには
研究チームは米国科学アカデミー紀要に発表した論文で,ミズナギドリは陸地へ吹き飛ばされないようにこの行動をとっていると提唱した。岸に激突して天敵に捕食される恐れがあるからだ。同チームはミズナギドリの成鳥が若い鳥よりも嵐への対応がうまいことも見いだした。若鳥は陸がどこにあるかの“地図感覚”をまだ持っていない。

この論文を共著した英スウォンジー大学の生物学者シェパード(Emily Shepard)は,これらの飛行の達人に「畏怖の念を抱いた」という。ミズナギドリは近縁のアホウドリのように,長くて薄い翼で風が吹く大海原を長距離滑空する(マンクスミズナギドリは大西洋全域を12日間飛び続けた例があり,太平洋のハイイロミズナギドリは年間に6万5000km近くを飛ぶ)。

シェパードのチームは,オオミズナギドリが陸から遠く離れた外海にいる場合には嵐を迂回することを見いだした。だが,大嵐と陸に挟まれていて岸に衝突する恐れがある場合には,暴風を突っ切って台風の目に向かって直進するものがいた。「これらの鳥にとって大波や強風は問題ではない」と米地質調査所西部生態研究センターの生物学者アダムズ(Josh Adams,この研究には加わっていない)はいう。

サイクロンのなかを飛ぶアホウドリを追跡した研究が過去にあったが,鳥が意図的かつ戦略的に嵐に突入しているとみられる例を記録したのは今回の研究が初めてだ。オオミズナギドリは体重は600gほどにすぎないが,「日本に見られる最強の嵐に対処する能力を生まれつき持っている」とシェパードはいう。気候変動で台風の勢力は今後さらに強さを増すと予測されるが,「それでもミズナギドリがきっと台風のなかにいるだろうと思うと驚異的だ」。

一方,ミズナギドリ以外の鳥は現場から逃げなければならない。さもないと溺れてしまう。■



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