発光する分子モーター〜日経サイエンス2023年4月号より
回転するだけでなく,蛍光で自分の位置を知らせる
細胞スケールの動きを生み出す自然界で最良の戦略のひとつは「分子モーター」の利用だ。化学エネルギーを力学エネルギーに変換する複雑な分子で,細胞内での小器官の輸送や筋線維の収縮,DNA鎖の分離といった作業を行う。
1999年以来,化学者は光や化学的な刺激に反応して360度回転する人工的な分子を設計してきた。これら単機能の分子モーターは表面上での力の生成や,センサーへの物質の輸送,ナノスケール装置の駆動が可能だ。しかし不透明な生体組織の内部では,それらの分子の回転を容易には制御できず,追跡も難しい。
これに対しScience Advances誌に報告された新設計の分子モーターは,異なる波長の光を当てると回転と蛍光のどちらかに切り替えられるようにすることで,制御と追跡の両方の問題に取り組んでいる。「光に対して2種類の異なる反応を示す化合物はそう多くない。この特性を示す分子モーターは初めてだ」と研究論文を共著した蘭フローニンゲン大学の分光学者プシェニチニコフ(Maxim Pshenichnikov)はいう。
回転と蛍光の二役を光でスイッチ
プシェニチニコフらはフローニンゲン大学の有機化学者フェリンハ(Ben Feringa,2016年のノーベル化学賞を受賞)の指導のもと,基本的な分子モーターにトリフェニルアミンという化学物質を付加して,この二重機能の分子を作った。トリフェニルアミンの付加によって,分子モーターは異なるエネルギーの光に対して異なる反応をするようになる。低エネルギーの光は分子モーターの回転にちょうど十分な力を供給するのに対し,より高エネルギーの光は分子を過度に励起し,その余剰エネルギーを光子の形で放出する。蛍光を発するのだ。加えて,一般的な分子モーターが生体組織を傷つける紫外線によって駆動されるのと異なり,この新化合物は皮膚を害さずに深くまで浸透する弱い赤外線に反応する。
こうした分子モーターは正確な位置決めが求められる用途に役立つ可能性がある。例えば蛍光分子モーターで薬剤を送達し,蛍光で位置を追跡しつつ狙いの細胞構造に薬剤を作用させられるだろう。「細胞内での分子モーターの動きを実際に追跡して,機械的操作や薬剤送達,検出に利用できたらどんなに素晴らしいことか」とフェリンハはいう。 (続く)
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