野生動物のマイクロバイオーム〜日経サイエンス2023年4月号より
希少動物の生き残りのカギが,その腸内細菌に隠されている
ニュージーランドにいる絶滅危惧種フクロウオウム(現地語の呼称はカカポ)は世界で最も体重の大きなオウムで,飛べない夜行性の鳥だ。よい香りがするモスグリーンの羽と,ほおひげの生えた奇妙な顔を持ち,寿命は90年に達する。そして,腸内マイクロバイオーム(微生物叢)はほぼ完全に大腸菌で占められている。
ヒトを含め,動物は消化管の内部や皮膚の上などに何兆もの細菌やウイルス,古細菌,真菌を宿している。こうした内なる生態系は,食物からの栄養の抽出や病原体との戦い,免疫の発達を助けている。近年,高性能の遺伝子配列解析技術を安く利用できるようになり,科学者たちは絶滅危惧種の独特なマイクロバイオームを調べている。そこから得られた知見は絶滅を回避するのに役立つかもしれない。
見かけも中身も奇妙
そうした研究の結果,フクロウオウムは外観だけでなく中身も奇妙であることがわかったと,ニュージーランドにあるオークランド大学の微生物生態学者ウエスト(Annie West)はいう。「フクロウオウムのマイクロバイオームは,この鳥の他のあらゆる特徴と同様,とても奇妙だ」。現在,約250羽のフクロウオウムが天敵のいない5つの離島に生き残っており,ニュージーランド政府の野生生物当局に集中管理されている。2019年,政府職員とボランティアが67羽のヒナの茶色がかった緑色の新鮮な糞と巣の材料を集め,ウエストにそのDNA解析を依頼した。
大腸菌は人間の消化器系に広く存在しているが,腸内細菌全体に占める割合は小さい。これに対し成体のフクロウオウムの腸内細菌は大半が大腸菌であることが以前の研究で示されていた。割合にはかなりの個体差があり,なかにはマイクロバイオーム全体の99%を占める例もある。ウエストらが最近のAnimal Microbiome誌に報告した研究は,孵化して間もないフクロウオウムのヒナで大腸菌がすでに腸内細菌の大半を占めていることを見いだした。そして大腸菌の割合はヒナの成長とともに大きくなる一方だ。
「これは非常に異例だ。もし人間で同じことが見られた場合には事態が案じられるところだ」とウエストはいう。これがフクロウオウムにとって悪いことかどうかはまだはっきりしていないものの,マイクロバイオームがこれほど均一になると宿主が必要としている機能を完全には果たせなくなる可能性もあるので,確かに懸念材料だ。(続く)
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