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水分子のネットワーク〜日経サイエンス2023年2月号より

分子の2種類の配置を直接撮影して長年の理論を裏づけた

電気分解による水素の生産から次世代の燃料電池まで,効率的な水素エネルギー技術を現実のものにするには,水中を個々の水素原子がどのように移動しているかを正確に知る必要がある。

電気的に中性な水分子は,2個の水素原子が1個の酸素原子と結びつき,全体として少し曲がった形になっている。この構造のため,水分子のある部分は電気的にプラス,別の部分はマイナスになっている(分極)。もしコップに入った水を拡大して見ていくことができたら,無数の水分子とともに,電子を失った水素原子(つまり陽子)がいくらか存在するのが目に入るだろう。これらの陽子は水分子から別の水分子へと飛び移っていると考えられてきた。陽子が最寄りの水分子にくっつき,その分子にもとからあった陽子を弾き出す。この陽子が次に隣の水分子にくっついて,という玉突きのような現象で,200年前に理論化された。

最近,中国の北京師範大学のチームがこれらの粒子を顕微鏡で初めて撮影し,このジャンプ移動が実際に起こっている様子に迫った。



余剰な陽子を受け入れる配置
理論モデルによると,この移動は主に2つの道筋をたどると予想される。ひとつは,まず陽子が1個の水分子と直接に結びつくことで水分子が陽イオンになり,これを取り囲む3個の中性の水分子が向きを少し変え,マイナスに帯電した部分で陽イオンを取り囲んで安定化するというもの。もうひとつの道筋は,余剰な陽子が2個の中性水分子のマイナス部分に挟まれる形となって,2個の分子でこの正電荷の重荷を分担するというものだ。

研究チームは今回,原子間力顕微鏡を使ってこれらの分子配向を実際に確認した。原子間力顕微鏡は特殊な針の超微細な先端で物体の表面をなぞり,表面の凹凸を画像化する装置だ。北京師範大学の化学者グオ(Jing Guo)らはこの手法を使って,金属片上で凍らせた水について厚さ1分子のネットワークを観察し,余剰な陽子がこのネットワークを変化させる様子を明らかにした。Science誌に報告。

水分子に予想される上述の2種類の配置を区別するには,とてつもなく高感度の計測が必要だった。「水素結合をなす陽子の位置は両者で約20ピコメートルの違いしかない」とグオはいう。水素原子自体の半分に満たない長さだ。研究チームは水を乗せて凍らせた金属板の種類によって,これら2種類の配置が異なる頻度と割合で生じることを見いだした。また,電気的な操作によってこの2種類の配置を切り替えた。(続く)

続きは現在発売中の2023年2月号誌面でどうぞ。

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