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ゾウから学ぶ腫瘍学〜日経サイエンス2023年1月号より

がん抑制遺伝子の働き方を知る

がんは歳月とともに細胞内に蓄積された遺伝子変異によって生じるのに,ゾウやクジラなど細胞の数が多くてしかも長生きの動物は滅多にがんにならない。なぜだ? これは「ピートのパラドックス」と呼ばれている。

少なくともゾウの場合は,一般にp53として知られる遺伝子が一因であるようだ。この遺伝子は,人間を含む多くの動物でも,細胞の複製中に傷ついたDNAを修復するのを助けている。ゾウはこの遺伝子を何と20コピーも持っている。それぞれに2つのタイプ(対立遺伝子)があるので,20コピーで40種類のタンパク質を作り出す。これに対し人間や大半の動物は1コピーだけで,生じるタンパク質は2種類だ。

最近のMolecular Biology and Evolution誌に掲載された研究は,ゾウのp53遺伝子コピーの多さががんとの戦いにどう役立っているかを調べた。「ゾウと人間の両方で,細胞がゲノム損傷から自分をどう守っているかを調べる新たな可能性を切り開いた」と,研究論文を共著したフランス国立衛生医学研究所の分子腫瘍学者フォーレウス(Robin Fåhraeus)はいう。



哺乳動物では,p53が変異細胞のがん化を防ぐ重要な役割を果たしている。変異した細胞の複製を停止し,変異の修復を開始するか,あるいは変異が広範にわたる場合には細胞を自滅させる。p53の働きがないと,がんは容易に確立してしまう。人間のすべてのがんの半分以上で,p53遺伝子の機能がランダムな変異によって失われている。

多数のコピーが異なる対応で

研究チームはゾウが持つ40種類のp53タンパク質をコンピューター上でモデル化して詳しく調べ,この遺伝子が2つの経路でゾウをがんから守っていることを見いだした。まず,複数のコピーがあるおかげで,どれかが変異してもp53がまったく働かなくなる事態にはなりにくい。加えて,ゾウのp53遺伝子はコピーごとに異なる分子トリガーに反応して活性化され,ゲノムが傷ついた細胞に対して異なる対応をするので,変異の発見と除去の能力が強まっていると考えられる。

これらの「注目すべき」結果は,ゾウはp53が機能する様々な道を持っていることを示唆していると,豪ピーター・マッカラムがんセンターの細胞生物学者ハウプト(Sue Haupt,この研究には加わっていない)はいう。「人間をがんから守る新しく強力な方法を探るうえで,心躍る可能性」を示していると付け加える。(続く)

続きは現在発売中の2023年1月号誌面でどうぞ。

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