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お役立ちスズメバチ〜日経サイエンス2023年1月号より

植物から呼び出されて種子散布を助けている

スズメバチはジンコウ(沈香)の木が毛虫に食われたときに遭難信号として発する化学物質を感知して飛んで行き,その木を攻撃している毛虫にありつこうとする。だがハチが到着したとき,そこに毛虫はおらず,仕方がないのでジンコウの種子で我慢する。だまされたスズメバチはこうして種子を運び,図らずも木の繁殖を助けることになる――。Current Biology誌に掲載された最近の研究によると,これは植物が防御用の化学物質を種子の拡散に利用していることを示した初の例だ。

シナジンコウ(Aquilaria sinensis)というこのジンコウの木は中国の熱帯地方原産だ。毛虫がその葉を食べ始めると,葉は多くの植物に見られる防御法で応じる。「植食者誘導性植物揮発性物質(HIPV)」と総称される化合物を放出し,腹をすかせた捕食者を呼び寄せて毛虫を襲わせるのだ。「ほとんどの植物がHIPVを持っている」と,バージニア大学の生態学者マンソン(Jessamyn Manson,この研究には加わっていない)はいう。



毛虫のいない果実から偽の救難信号
研究チームは化学分析と野外実験によって,ジンコウの葉だけでなく実も植食者誘導性植物揮発性物質を作り出すことを実証した。毛虫に攻撃されていなくても作り出せる。これに様々な種類のスズメバチが即座に引き寄せられ,種子についている「エライオソーム(種枕)」という栄養豊富な肉質の塊を食べる。スズメバチはこの種子を巣の近くに捨てることが多い。巣の近辺は日陰になっていて,種子は干からびることなく発芽できる。直射日光が当たる場所では,種子は数時間で死んでしまう。

この研究はよく調べられていない現象に光を当てた。「種子の素早い散布法が見落とされていた」と,この研究論文を共著した中国科学院・西双版納(シーサンパンナ)熱帯植物園の生態学者ワン(Gang Wang)はいう。スズメバチによる種子散布は特に謎めいている。スズメバチの近縁にあたるアリは1万1000種以上の植物の種子を広めていると推定されているが,スズメバチ自体による種子散布の報告例はほとんどないという。(続く)

続きは現在発売中の2023年1月号誌面でどうぞ。

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