SCOPE & ADVANCE

繊毛で働く微小流体チップ〜日経サイエンス2022年12月号より

携帯型の医療診断装置につながりそう

細胞にある「繊毛」という微細な毛が1本わずかに動いただけでは,たいしたことはできない。だが人体ではこの微細構造が力を合わせ,生物学的驚異を成し遂げている。吸い込まれた病原体を気道から追い出し,頭蓋腔の隅々に脳脊髄液を運び,卵巣から子宮へ卵子を輸送し,中耳から鼻腔へ粘液を排出している。科学者は長年,こうした自然の妙技を模倣しようと試みてきた。

最近,人工の繊毛で覆われたチップが作られ,その目標に一歩近づいた。流体のごく微小な流れのパターンを正確に制御できる。開発にあたったチームはこの技術が新たな携帯型診断装置の基礎になると期待している。血液や尿などの液体を現在の実験室ベースの検査よりも効率的に調べて病気を診断できるだろうし,検査に必要なサンプルの量もはるかに少なくてすむという。

繊毛の動きを個別に制御するには…
人間は目を見張るような大規模な工学的偉業を成し遂げてきたが,「ごく微小な機械となると,いまだに行き詰まりの感がある」とNature誌に掲載された繊毛チップに関する論文の上席著者となったコーネル大学の物理学者コーエン(Itai Cohen)はいう。これまでに圧力や光,電気,さらには磁石を使って動かす人工繊毛の作製が試みられてきたが,ごく微小なアクチュエータ(機械的な動きを生み出す部品)を設計するのが大きな壁となった。すべての人工繊毛を一斉に動かすのではなく,1本ずつ,あるいは小集団ごとに制御できるようにしたい。

2020年,ギネス世界記録はコーエンのチームが作った装置を世界最小の歩行ロボットに認定した。大きさわずか数分の1mmで,4本の曲がる足で歩行する。同チームによる今回の新たな人工繊毛はこの足によく似ている。厚さがナノメートル級の薄膜でできていて,これが電気制御に応じて曲がる。個々の繊毛は長さが1/20 mm(チリダニの体長の半分に満たない),厚さが10nm(最小の細胞小器官よりも薄い)で,片側に白金の細長い筋が,反対側にはチタンの薄膜がコーティングされている。(続く)

続きは現在発売中の2022年12月号誌面でどうぞ。

サイト内の関連記事を読む