2022年10月3日
2022年ノーベル生理学・医学賞:絶滅したヒト族のゲノム解析と人類進化の解明で独のペーボ教授に
2022年のノーベル生理学・医学賞は,絶滅したヒト族のゲノム解析と人類進化の解明における功績で,独マックス・プランク進化人類学研究所のペーボ(Svante Pääbo)教授に授与される。
我々はどこから来たのか。今から約7万年前にホモ・サピエンスの集団がアフリカを出て,世界各地に広がっていったというのが定説だ。ペーボ教授は,世界各地から出土した古代の骨に含まれるゲノム配列を解析して現代の人類のゲノムと比較。我々のゲノムに,すでに絶滅したヒト族(ホミニン)であるネアンデルタール人や,最近新たに発見したデニソワ人の遺伝子が残っていることを見いだした。このことはアフリカを出たホモ・サピエンスがネアンデルタール人やデニソワ人とともに暮らして混血していたことを意味しており,人類史研究に衝撃を与えた。
何十万年も前の昔の骨にもDNAは残っているが,その配列を読むのは難しい。DNAが細かくちぎれて変質しているうえ,土中のバクテリアやその骨を触った現代人のDNAが大量に混ざっているからだ。ペーボ教授はその中から古代のDNAを抽出して読み取る技術を開発し,1997年,ドイツのネアンデルタール渓谷にある洞窟から発見された最初のネアンデルタール人の上腕骨から取りだしたミトコンドリアDNAの配列を決定した。
ただ,ミトコンドリアDNAはDNAの全長がとても短く,母系遺伝しかしないため,それだけでは十分な情報を得ることができない。ペーボ教授はその後,10年以上にわたって核に含まれるDNA全体の解読に取り組み,2010年にネアンデルタール人のDNA配列のドラフトを完成。アジア人,ヨーロッパ人,アフリカ人と比較し,ネアンデルタール人がアフリカ人よりアジア人やヨーロッパ人に近いことを突き止めた。さらにユーラシア大陸の人々のゲノムの1〜2%がネアンデルタール人のものであることを明らかにした。現在のアジア人やヨーロッパ人の祖先がアフリカ大陸を出てユーラシア大陸に進出する前,中東でネアンデルタール人と混血して遺伝子流入が起きたと考えられる
ペーボ教授のもう1つの大きな業績は,ロシアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟で見つかった小指の骨に含まれていた核DNA配列を解読し,ネアンデルタールとはまったく違う新たなヒト族のものであることを発見したことだ。デニソワ人と名付けられた彼らは,55万〜76万年前にネアンデルタール人が人類の共通祖先から分かれた後,38万〜47万年前にネアンデルタール人から分かれて登場したと推定される。現代人とゲノムを比較したところ,メラネシア(オーストラリアの北東にある島嶼部)の人々のゲノムの4〜6%がデニソワ人に由来していることが判明した。デニソワ人からの遺伝子流入もあったということだ。
絶滅したヒト族から受けついだ遺伝子は,現在の我々の健康にも影響を与えている。例えば高地にすむチベット人には,低酸素状態への適応に関係するEPAS1という遺伝子にデニソワ人由来の変異が入っていることがわかっている。このほか病原微生物に対する応答やアレルギーに関連するTol様受容体の一部の遺伝子でも,ネアンデルタール人由来の変異が見つかっている。
ペーボ教授らの研究によって,様々な年代,様々な地域で得られたDNAを比較することが可能になった。出土する骨の形の違いだけではわからなかった,人類の祖先となる集団の移動や混血の様相が明らかになってきた。それが現在の我々の生命維持の仕組みを突き止める重要な手がかりになっていることから,生理学・医学賞の授賞となったといえるだろう。
古田彩・出村政彬
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