SCOPE & ADVANCE

死後の網膜の電気活動を復活〜日経サイエンス2022年11月号より

機能を調べる優れた実験モデルになる

脳死ほど撤回のきかない生物学的事象はないといえる。人が死ぬとニューロンもともに死ぬと長年考えられてきた。だが,ニューロンがぎっしり詰まった組織である網膜に関する新たな研究は,この定説に疑問を投げかけ始めている。

Nature誌に報告されたこの研究では,死後間もないドナーから提供された網膜(目の奥にある神経組織で,光を感じてその情報を脳に伝えている)の電気的活動を回復させた。この成果は失明の主要原因である加齢黄斑変性などの目の疾患を調べる優れた手法となる。また,他のタイプの神経組織を復活さるための基礎となるほか,いずれは網膜移植につながる可能性もある。

視細胞や接続ニューロンの活動が回復
網膜に関するほとんどの研究は動物実験で行われている。主に使われるのはマウスだが,人間の目で細部を識別している「黄斑」という重要な領域がマウスの網膜にはないため,理想的なモデルとはいえない。病理解剖で得られる人間の組織は当人の死亡から時間がたっていることが多く,すでに機能を失っていて調べられない。だが,もしこれを回復できたらどうだろう?


stanley45⁄Getty Images

ユタ大学の視覚科学者ヴィンバーグ(Frans Vinberg)とスクリプス研究所の網膜外科医ハンネケン(Anne Han-neken)らは,エール大学のチームがブタの死後に脳の基本的な電気活動を回復できることを示した2019年の研究に触発され,人間の網膜組織も死後に回復可能かどうかを調べることにした。

研究チームはまず,マウスを安楽死させた後,その網膜がどのくらいの間,電気信号を送ることができるかを調べた。網膜のこの活動は最大で死亡から3時間後まで復活可能だった。また,機能の不可逆的喪失につながる主な要因が酸素の欠乏であることを見いだした。

次に,脳死や心臓死から間もない臓器提供者から得た人間の目について調べた。研究チームはそれらの眼球を酸素と栄養物が供給される容器に入れて実験室に輸送し,網膜組織に弱い光を当てて,組織に生じる電気信号を計測した。死後20分未満に得られた眼球については,光を感じる視細胞(光受容器)のほか,それらに接続しているニューロンでも電気活動を回復できた。もちろん,これらの目は脳につながっていないので“見えて”はいないとハンネケンはいう。だがこの研究結果は,個々の網膜細胞だけでなく細胞間の情報伝達も回復可能であることを示した。(続く)

続きは現在発売中の2022年11月号誌面でどうぞ。

サイト内の関連記事を読む