ビタミン地図〜日経サイエンス2022年9月号より
微量栄養素欠乏のリスクをAIが衛星画像から割り出す
3億4000万人の子供を含め,世界で20億人以上は微量栄養素の摂取が不足している。このビタミンとミネラルの欠乏は,健康に重大な影響をもたらす恐れがある。だが効果的な治療が可能な早いうちに微量栄養素欠乏症を診断するには,費用と時間のかかる採血による臨床検査が必要だ。
新たに報告された研究はもっと効率的な方法を提供しようとしている。ハーバード大学のコンピューター科学者ボンダイ(Elizabeth Bondi)らは,公的に入手可能な衛星データと人工知能(AI)を使って,微量栄養素欠乏のリスクが高い地域を正確に特定した。保健当局が早い段階で対策を講じることにつながる可能性がある。
衛星データを使って局地的な食料不足問題を予測するAIシステムはすでにあるが,それらは直接観察できる特徴に依存しているものが多い。例えば農業生産を植生の観察から推計する。これに対し微量栄養素の入手可能性を推定するのはもっと困難だ。ボンダイらは森林に近い地域が食の多様性に富んでいる傾向を示した先行研究に触発され,栄養不良の可能性を示すような未知の指標を探し出そうと思いついた。ボンダイらの研究は,植物に覆われた地表の面積と気候,水の存在といったデータの組み合わせから,今後どの地域の住民が鉄やビタミンB12,ビタミンAの不足に陥るかを予測可能であることを示している。
特定栄養素の欠乏と関連する特徴を抽出
研究チームは衛星から観測した生データを調べるとともに各地の公衆衛生当局に相談しながらAIを用いてデータをふるいにかけ,重要な特徴をいくつか突き止めた。例えば食品市場(衛星画像に写った道路や建物に基づいて推測)の存在は地元社会のリスク水準を予測するうえで非常に重要だった。研究チームはその後,マダガスカルの4つの地域を対象に,それらの特徴を地元住民に不足している特定の栄養素と関連づけた。実在のバイオマーカーのデータ(血液サンプルの検査結果)を使ってAIプログラムの学習訓練と検証を行った。
このAIで,学習用データに使わなかった地域について住民の微量栄養素欠乏症を地域レベルで予測した結果は,地元の保健当局の調査に基づく推測に匹敵する精度で,ときにはそれを上回った。「栄養補給が必要な集団を特定して支援するための手法を明確に示しており,費用のかかる血液検査を必要とする方法を補完できるだろう」とボンダイはいう。この研究はアメリカ人工知能学会の2022年バーチャル会議で詳しく報告された。(続く)
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