触れる絵文字〜日経サイエンス2022年8月号より
人に触れられる感覚を模擬して感情を伝える新技術が登場
新型コロナウイルス感染症パンデミックのなか,人との物理的・社会的つながりを維持するのが以前よりも難しくなっている。米国西海岸のスタンフォード大学で学ぶ大学院生サルバト(Millie Salvato)にとって,東海岸にいる女友達と離ればなれでいるのはなかなか辛いことだった。
サルバトと同じような状況にある人のなかには,メールやビデオ通話ではもの足りず,優しい愛撫や慰めの抱擁を遠くから送り届ける方法がほしいと願う人が少なくない。そこでサルバトらは,腕が人に触れられている感触を作り出す装着型の袖を開発した。接触に込められた社会的メッセージを伝えることができる。詳細はIEEE Transactions on Haptics誌に報告された。
「人が相手の体にどのように触れることで社会的意味を伝えているか,そしてその伝達をどう再現するかを調べたユニークな研究だ」とバージニア大学で触覚メッセージを研究しているガーリング(Gregory Gerling)は評する。
タッチ動作のパターンを実測
サルバトのチームは37人の被験者が様々な状況で社会的情報を接触によってどう表現するかを計測した。計測実験では1人が腕に圧力検知装置を着け,もう1人が特定の意図を込めたタッチの仕方でそれに触れた。「ねえ,ちょっと」と注意を促す触れ方や,「ありがとう」「楽しい」「まあ落ち着いて」「愛してる」「悲しい」の計6種類だ。
661のタッチ動作(握る,なでる,揺する,つつくなど)を集めた後,それぞれの動作で腕のどの場所にどれだけの圧力が加わったかをマッピングした。次に機械学習アルゴリズムを用いて,6種類の意図にそれぞれ最も確実に対応していると考えられる動作を選んだ。最後に,それらのタッチ動作を模擬する装着型の袖を作った。8枚の円盤が埋め込まれており,電気信号を受信するとこれらがメッセージに応じたパターンで振動する仕組みになっている。
「実際に人の手で触れられたような感触ではないものの,バラバラな感じでもない」とサルバトはいう。振動円盤から予想されるような感触ではなく,「心地よく感じられる」。
新たな30人の被験者で試したところ,事前の訓練なしで,模擬されたタッチ動作と6通りのシナリオを45%の確率で正しく対応づけることができた。あてずっぽうに比べると約2.7倍の確度だ。ちなみに,ガーリングの研究室は実際の人間が触れた場合の解釈を過去に調べており,その場合の確度は57%だった。(続く)
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