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幻の指〜日経サイエンス2022年7月号より

6本目の指を生む異様な錯覚

 

脳にはその人の体についての地図があり,特定の身体部位の知覚や制御を専門とするニューロンが存在する。だが近年の研究によると,この表象には変更の余地がかなりあるらしい。2016年のある実験は,片方の手に6番目の指があるかのような感覚をしばし被験者に生じさせるのに成功した(ある被験者は驚いて「魔法だ!」と声を上げた)。2020年には別の研究チームが,この感覚を延長してずっと続くようにした。後者のチームはCognition誌に報告した最新の研究でさらに踏み込み,6番目の指があるように感じさせただけでなく,その見えない幻の指について被験者が感じる長さを制御して変えてみせた。

 

この錯覚を生じるにはまず,被験者に両手をテーブルの上に置いてもらい,その間に鏡を衝立のように立てて,鏡に映った右手の像が被験者から見て本来なら左手が見えるはずの場所に一致するように位置を合わせる。実験者は被験者の左右の同じ指の上部を付け根から指先,指先から付け根へと同時になでる2往復の動作を,親指から始めて順に行っていく。小指の番では,右手の小指は従来通り指の上部をなで,左手小指については内側をなでる。

 

そして最後に,右手小指のすぐそばのテーブル面を同様になでると同時に左手小指の外側をなでる動作を20往復行った。被験者は鏡に映った像から左手小指の外側のテーブルがさすられているように見えるが,実際の触覚では左手小指の外側にそれを感じている。この結果,被験者は見えない6番目の指が左手にあるとの感覚を自己報告するようになった。

 

「これは正直かなり薄気味悪い」と英ロンドン大学バークベック・カレッジで神経科学を専攻する大学院生で新論文の筆頭著者となったカデテ(Denise Cadete)はいう。「何が行われているのか被験者もすべて把握しているのに,この錯覚が生じて消えない。非常に鮮明で驚くべき感覚だ」。

 

指の長さを変える

カデテのチームは最新の研究で,テーブル面をなでる長さを標準的な小指の半分あるいは2倍にして実験した。その後,左手に新たに生じた指の長さがどのくらいに感じられるかを,20人の右利きの被験者にノギスで示してもらったところ,なでる長さを半分にした場合は実際の小指よりも平均で1.5cm短く,倍にした場合は同3cm長く感じると報告した。こうした違いは新たな指が単なる小指の複製としてではなく,独自の存在として知覚されていることをうかがわせる。(続く)

 

続きは現在発売中の2022年7月号誌面でどうぞ。

 

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