オキアミが見る極夜の光〜日経サイエンス2022年5月号より
太陽がずっと沈んだままでも1日の昼夜のリズムを感知している
北極は冬の間,太陽が地平線の下に隠れたままの日が何週間も続く「極夜」となる。だが最近のある研究は,北極海にすむ小さな甲殻類が,この長く続く暗闇のなかでも1日のリズムをどういうわけか維持していることを示している。
ほとんどの生物は太陽光によって生物学的プロセスと行動のタイミングを調節しているが,日の出と日の入りが実質的にない極夜ではこれが難しくなる。わずかな光があっても水にさえぎられてしまう海中ではなおさらだ。だがホッキョクオキアミという小さなエビのような生物(多くの海生生物の重要な食料源となっている)は器用な適応を発達させて,極夜の間も生活リズムを維持している。このオキアミは水中にいても,地平線下で太陽の位置が変わるのに伴って生じる空の光のごくわずかな変化を検知できるという。PLOS Biology誌に報告された。
「生物時計は体が次に起こることを予測する仕組みで,例えばお昼時にはお腹がすいてくる」と,研究論文の筆頭著者となったデラウェア大学の海洋生物学者コーエン(Jonathan Cohen)はいう。そしてこのオキアミの行動は,極夜でも一部の生物の生物時計が時を刻み続けるのに十分な光があることを示している。
鋭い光感受性
コーエンらの研究チームはティサノエッサ・イネルミス(Thysanoessa inermis)というオキアミを実験室環境とスヴァールバル諸島沖の北極海の生息環境で調べた。その結果,このオキアミが非常にかすかな光のわずかな変化を検知できるだけでなく,オキアミの目の電気的活動が夜間に強まることがわかった。これは光感受性の増強を示唆している。加えて,このオキアミは光のわずかな変化に合わせて水柱のなかを上下に移動しており,最も暗い時間帯に海面に向かって上って餌を探し,より“明るい”時間帯には深部に退いて捕食動物を避けていた。こうしたわずかな光でも生物時計を合わせられる生物は,他にはハエやマウスなどごく少数しか知られていないとコーエンはいう。
極夜の真っ暗な夜でもオキアミがなぜ上下移動を続けているのかは不明だと研究チームはいう。「光がなければ一次生産も藻類ブルームもないので,オキアミが食べるものがない」と,英インペリアル・カレッジ・ロンドンの海洋生物学者キャバン(Emma Cavan,この研究には加わっていない)はいう。「それなのになぜオキアミは海面に上がってくるのか? これは垂直移動の大きな謎のひとつだ」。■
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