月の影領域を見る方法〜日経サイエンス2022年5月号より
人工知能で光を当てる
月の両極近くにある特定の領域は決して直射日光を受けることがなく,永久に影のままになっている。これらの「永久影領域」に大量の氷が蓄えられていることが近年の研究で示唆された。初期太陽系の詳細を明らかにする手がかりになるほか,将来月を訪れた人々が燃料などの資源を作るのに役立つ可能性もある。だがこれらの領域は月を周回する人工衛星からの撮影が難しく,調べるのが困難だ。永久影領域もわずかな光子を反射してはいるが,それらは多くの場合,カメラの静電ノイズや量子効果に埋もれてしまう。
そこで,これらの邪魔者を切り離して暗い永久影領域を可視化するためのディープラーニング(深層学習)アルゴリズムが開発された。「直径3mほどの小さなクレーターや岩石などの地質学的特徴を初めて把握できるようになった。以前に比べ解像度は5倍から10倍だ」と新アルゴリズムに関する研究論文の筆頭著者となった独マックス・プランク太陽系研究所の惑星科学者ビッケル(Valentin Bickel)はいう。論文はNature Communications誌に掲載された。
月の南極には永久に日の当たらない影領域がある。
ノイズを見分ける方法を学習訓練
研究チームは光信号のまったくない真っ暗な月の領域を撮影した7万枚を超える画像と,カメラの温度と軌道上の位置に関する詳細情報を組み合わせてアルゴリズムを学習訓練し,カメラのノイズを識別して除去できるようにした。次に飛来する光子に生じる量子効果など,残るノイズの除去に取り組んだ。これについては,日光に照らされた月面を撮影した数百万枚の写真と,それと同じ場所が影になった場合を模擬した画像を組み合わせ,アルゴリズムを学習させた。研究論文を共著した米航空宇宙局(NASA)エイムズ研究センターの工学者ロペス=フランコス(Ignacio Lopez-Francos)は,永久影領域については太陽に照らされた画像が存在しないので学習訓練に使えないため,それ以外の領域について影の場合を模擬した画像を用いる必要があったのだと説明する。低照度デジタル写真の撮影にも同様の技法が使われている。(続く)
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