SCOPE & ADVANCE

人工胚をつくる最後の部品完成〜日経サイエンス2022年4月号より

生命の萌芽を作るのに不可欠な新たな幹細胞を作成

数種類の細胞を混ぜ合わせ,生命の萌芽である胚を形づくる──そんなSF的な未来図の実現に不可欠な細胞の最後の1つが完成した。マウスの受精卵が分裂してできた胚盤胞からつくった新たな幹細胞で,胎児を包む「卵黄嚢」を形成する。すでに完成している2つの幹細胞,胎児の体をつくる胚性幹細胞(ES細胞)と胎盤になる栄養膜幹細胞(TS細胞)と組み合わせれば,原理的には,生命の萌芽である初期の胚をつくることが可能になる。

新しい幹細胞を作成したのは,千葉大学大学院医学研究院の大日向康秀講師と理化学研究所生命医科学研究センターのグループ。3つの幹細胞を混ぜると初期の胚に似た球状の塊が生成し,マウスの子宮に移植したところ,一部は着床した。ただ子マウスの誕生には至らなかった。成果は2月3日付のScience誌に掲載された。

3つの細胞から生命をつくる
受精卵はたった1個の細胞だが,生命の誕生に必要なあらゆる細胞に分化する能力を備えている。分裂して2つ,4つの細胞になっても,この能力は保たれている。しかしさらに分裂が進んで数十個程度の「胚盤胞」と呼ばれる状態になると,細胞の役割分担が決まってくる。形もただの細胞の塊から,内側と外側の細胞に分かれ,中に空洞のある構造体になる。外側にある細胞(下のイラストの青で示す)は栄養膜と呼ばれ,やがて胎盤になる。内側にある細胞は2つに分かれ,奥にある細胞(イラストの赤)は胎児の体をつくり,表面にある細胞(イラストの黄)は胎児を包む卵黄嚢と呼ばれる膜になる。

生物発生の研究においては,胚盤胞を構成するこれら3タイプの細胞から,それぞれの幹細胞をつくる試みが続けられてきた。幹細胞というのは培養によって無限に増殖し,多様な細胞に分化することができて,凍結保存も可能な細胞のことだ。

生物の発生などの研究にはマウスの初期胚が欠かせないが,それを得るにはマウスから卵子・精子を採集し,体外受精させる必要がある。ヒトに比べればマウスは一度に多くの卵子を得られるが,それでも数十個ほどだ。雌には採卵前にホルモンを投与する必要があるなど,手間も時間もかかる。3タイプの細胞をすべて幹細胞にできればそれらを冷凍しておき,必要なときに試験管内で混ぜ合わせるだけで胚をつくれる可能性が開ける。(続く)

 

続きは現在発売中の2022年4月号誌面でどうぞ。

 

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