モンゴルのお熱い甲虫〜日経サイエンス2022年4月号より
あるゴミムシダマシの交尾にはオーラル儀式が必須らしい
中国農業科学院の大学院生だったチン(Xinghu Qin)は内モンゴル自治区のフンサンダク砂漠近くの放牧地に行ったとき,開けた場所で恥じらいもなく交尾している2匹の小さな甲虫が奇妙な行動をしているのを見つけた。片方がもう片方の尾部をずっとなめている。「いったい何やってんだ?」と彼はいぶかった。
その甲虫はゴミムシダマシの仲間,プラチオペ・モンゴリカ(Platyope mongolica)で,いつもは砂漠の草や砂の下に隠れているのだが,ときどき交尾のために出てくる。チンらはこの甲虫がオーラルセックスの儀式を行っていることを発見し,Ecology and Evolution誌に報告した。この甲虫のオスが交尾のためにメスの上にめでたく乗るには,この儀式が必須らしいという。
「自分をなめる行動は多くの動物で観察されてきたが,パートナーの生殖器をなめるメスやオスは,特に甲虫などの昆虫では,実に珍しい」と,スロベニアにあるヨヴァン・ハッジ生物学研究所の昆虫学者グレゴリッチ(Matjaž Gregorič,この研究には加わっていない)はいう。
モンゴルの砂漠で愛し合うプラチオペ・モンゴリカ/Xinghu Qin
口器で愛撫
この甲虫のオスはお目当てのメスを見つけると「小顎鬚(しょうがくしゅ)」という突き出た口器をメスの生殖器にすりつけ始める。その行いがメスの望む基準に満たなかった場合,メスは逃げていく。そして,オスが口で求愛儀式をする時間が長いほど,後に首尾よく交尾できるまでの時間は短くなる。
グレゴリッチらは2016年にダーウィンズ・バーク・スパイダーというクモで同様の行動を発見していた。また,日本の情報通信研究機構にいる昆虫学者,山元大輔(やまもと・だいすけ)も,ショウジョウバエでこの現象を観察したと報告していた。「オスのショウジョウバエがメスの生殖器をなめる行動はフェロモンの検出を媒介しているのだと考えられる」と山元はいう。「また,メスに栄養を贈る役目も果たしている可能性がある。婚姻ギフトとも呼ばれる行動だ」。
こうした行動をもっとよく知ることは,性選択がこの甲虫の進化をどう形作ってきたかの解明に寄与するだろう。このような複雑な性行動は昆虫界でめったに観察されないが,実は意外にありふれていて,単に知られていないだけかもしれないとチンはいう。なぜなら「昆虫はまだ調べられていないことの多い生物群」だから。
グレゴリッチはこう付け加える。「動物について何か面白いことを知った人は,相手が甲虫やクモであっても,その動物に対する姿勢が少し前向きになるだろう。それは生物保護に役立つ」。■
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