水銀の流れ〜日経サイエンス2022年3月号より
この有毒金属が近海に至るルートは大気経由よりも河川であるようだ
Nature Geoscience誌に報告された最近の研究によると,世界で毎年1000トンもの水銀が河川によって沿岸部に運ばれている可能性がある。この強力な神経毒が公衆衛生上で最も重大な脅威となる近海に到達する主要経路は河川であるということだ。
人間の水銀への曝露の多くは沿岸漁業に関連づけられている。この重金属が近海の海生生物に蓄積し,それを私たちが食べるという道筋だ。だが水銀汚染の発生源のうち沿岸地域が占める割合は比較的小さく,多くは森林火災や鉱山,石炭火力発電所など内陸に由来する。それらの水銀が主に大気中を移動して(蒸気の形か,または微粒子に付着して),近海に至るのだと長らく考えられてきた。だが新たな研究結果は,最大の輸送経路が河川であることを示唆している。
エール大学の生物地球化学者リウ(Maodian Liu)とレイモンド(Peter Raymond)らは,世界中の河川から得た水銀の測定値を,堆積物と生体炭素が河川を通じてどう移動しているかを示すデータやシミュレーションと組み合わせた。「水銀と炭素という2つの元素にはつながりがある。水銀は土壌や河川に含まれる有機炭素と結合している場合が多い」とレイモンドはいう。研究チームの新たなモデルは,河川によって沿岸に運ばれる水銀の量が大気によって運ばれる量のおよそ3倍である可能性を示している。そして,その総量の半分は世界の上位10大河川によると考えられるという。
より正確な推計
河川による水銀の輸送量を推計した研究は過去にもあった。だがそれらの大半は「実のところ非常に基本的なものだ」と地中海海洋研究所のハイムビュルガー=ボアビダ(Lars-Eric Heimbürger-Boavida,この研究には加わっていない)はいう。過去の大半の研究は特定の河川の測定値から推定した平均濃度を用いており,「どの河川も同様に作用すると想定していた」という。これに対し今回の研究は大規模な世界的データセットを利用しており,ハイムビュルガー=ボアビダはその点を高く評価する。ただし基礎データとした研究事例によって「沿岸」の定義が異なる可能性があり,その場合は大気と河川の影響を比べた推定値も変わってくるだろうと注意する。(続く)
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