火山の後押し〜日経サイエンス2022年3月号より
5000万年以上前の火山噴火が地球温暖化を加速した証拠
近代の地球温暖化が加速的で後戻りの利かない影響の連鎖を引き起こすようになるティッピング・ポイント(臨界点)が,気候科学の専門家によってかねて警告されてきた。最近は地質学者が同様の転機を化石記録に見いだしつつある。例えば約5600万年前(人間の祖先である小型の霊長類がまだ木々の間を飛び回っていたころ),火山噴火が引き金となって地球が温暖化し,生物の進化から海流の向きに至るまで様々なプロセスを変えた可能性がある。地質学者はこうした過去の気候の変遷を調べることで,人間が引き起こしている現在の気候変動が今後どのように世界を劇変させるかを予測したいと考えている。
地球史のなかでも並外れて気温が高かった約5600万年前のこの時期は「暁新世-始新世温暖化極大(PETM)」として以前から知られているが,その原因については激しい議論が続いてきた。英地質調査所の地質学者ケンダー(Sev Kender)らは今回,北大西洋の火山噴火がこの急激な気温上昇に重要な役割を果たした証拠をNature Communications誌に発表した。
研究チームはアイスランド近くの海底の岩石から取り出した細いコア試料から重要な手がかりをつかんだ。この領域は「北大西洋火成岩岩石区」と呼ばれ,5000万年以上前に地殻を突き破って流れ出たマグマによって形成された。これらの岩石を生じた火山活動が暁新世-始新世温暖化極大に関与した可能性が以前から指摘されていたため,研究チームはコア試料に含まれる水銀に直ちに注目したとケンダーはいう。
岩石コア中の水銀レベルの高さは火山活動を示す指標となる。研究チームが見いだした水銀の濃度は,暁新世-始新世温暖化極大にまさに対応する時期に北大西洋で相応の規模の噴火が起こり,大気中の二酸化炭素濃度を上げたことを示している。火山活動が収まった後も,気温は上昇を続けた。
コネティカット大学の地球科学者フェン(Ran Feng)はこの研究について,噴火と温暖化極大の始まりの時期を結びつけた点で「非常に興味深い」と評する。今回の研究は,火山性の温室効果ガスによって地球温暖化が臨界点に達し,各地に閉じ込められていた炭素の放出を誘発して,温暖化がさらに強まったと仮定している。この期間における大気と海洋中の二酸化炭素量を示す地質学的指標など別系統の証拠が加われば,仮説の検証に役立つだろうとフェンはいう。(続く)
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