火星の水たまり〜日経サイエンス2022年2月号より
探査車キュリオシティの着陸地点は大きな湖ではなかった可能性も
米航空宇宙局(NASA)の火星探査車キュリオシティによる発見のなかで最も画期的だったのは,その着陸地点「ゲール・クレーター」がかつて長期にわたって水をたたえた大きな湖だったという発見だ。ところが最近の研究は,この“湖”が実は一連のもっと小さな一過性の水たまりにすぎなかった可能性を示唆している。
キュリオシティは2012年にゲール・クレーターに着陸し,探査を始めた。わずか数カ月後,クレーター中央にある高さ5.5kmのシャープ山(公式名はアイオリス山)の麓で,泥岩の層(よどんだ水に沈殿した堆積物と思われる)のほか,太古の水流の痕跡とみられる岩石露出部を発見した。また,シャープ山の麓を登る過程で,水の作用で変化した鉱物を各所で検出した。ここから導かれる結論はほぼ確実だと思われた。約37億年前,ゲール・クレーターはおそらく数百万年にわたって水をたたえた大きな湖であり,微生物の天国だった可能性がある。そして,ここに流されてきた堆積物が堆積し,水面下でシャープ山が徐々に形作られた。
元素存在量に基づく新解釈
これに対し香港大学の惑星科学者リウ(Jiacheng Liu)とミカルスキー(Joe Michalski),チョウ(Mei-Fu Zhou)がScience Advances誌に発表した新しい解釈は,シャープ山が外気中で風に運ばれてきた堆積物から生じ,後に水によって風化されたと仮定している。降雨によって一時的に池ができ,そこから堆積物へ水が流れた。微生物はそうしたわずかな地表水のなかでも繁殖できた可能性があるが,比較的短い期間に限られた。シャープ山とその麓にあった池はどれも数万年以内に姿を消しただろう。これらの結論はキュリオシティがシャープ山を登る過程で採取した「マレー層」という一群の堆積岩に見られる化学的特徴に基づいている。
「クレーターの底から高さ400m超まで,キュリオシティがミッション開始から8年間に訪れた露出岩層で計測した元素の存在量と鉱物をリウは非常に詳しく検討した」とミカルスキーはいう。この解析によって,シャープ山の標高によって組成が徐々に変化していることがわかった。水に流されやすい鉄などの元素は標高の高い場所ほど少なくなり,アルミニウムなどの水に溶けにくい元素が多くなっている。このパターンは地球上の多くの岩石層に見られる降雨による“トップダウン型”の風化作用と概ね一致している。(続く)
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