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クジラの声をつかめ〜日経サイエンス2022年1月号より

機械学習で背景ノイズを排除

 

野生のタイセイヨウセミクジラは400頭足らずしか残っておらず,繁殖可能年齢のメスは100頭にも満たない。その生存を脅かしている最大の要因は船との衝突と漁具の絡まりだ。船の進路を変えて危険な遭遇を避けるなどの保護策を講じるには,クジラの位置を正確に把握する必要がある。Journal of the Acoustical Society of America誌に報告された新技術を使えば,それが可能になるかもしれない。

 

海洋生物がたてる音をとらえるには,水中マイクを取り付けたブイや水中グライダーを展開することが多い。その録音はスペクトログラムに変換される。スペクトログラムは音の特徴を表した分析図(いわゆる声紋)で,これを用いて例えば特定の種のクジラの声(コール)を把握する。だが,これらの特徴的な音は他のノイズに埋もれることが多い。近年は声紋解析を自動化するためにディープラーニング(深層学習)という機械学習技術が使われるようになっているが,それでも背景ノイズのせいで精度が落ちる。
 

 
ある研究グループが最近, 2つのディープラーニングモデルを訓練してこのノイズを切り離した。まず,タイセイヨウセミクジラの声だけを含んだ“きれいな”スペクトログラムを何千例も与えて学習させた。その後,タンカーのエンジン音など典型的な背景音を混ぜた数千例のスペクトログラムを徐々に追加した。こうして得られたアルゴリズムは雑音を含むスペクトログラムからノイズを除いてきれいにし,誤認警報を減らし,クジラが危険な領域に入り込む前にその位置を特定できたという。

 

保護に生かす道

コーネル大学のデータ工学者でこの研究には加わっていないマドゥスダナ(Shyam Madhusudhana)は,この種のモデルを他の海洋哺乳類の居場所特定にも使えるかどうかを知りたいという。「ザトウクジラやイルカはセミクジラよりもはるかに複雑な発声経路を持っている」と彼は指摘する。また,英イースト・アングリア大学の機械学習研究者で今回の論文を共著したミルナー(Ben Milner)は,この技術を陸上に応用したいと考えている。ウクライナの森,1986年にチェルノブイリ原発事故が起きた現場の近くで,動物がいる位置を特定するのに利用するアイデアだ。(続く)

 

続きは現在発売中の2022年1月号誌面でどうぞ。

 

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