SCOPE & ADVANCE

原子1層の極薄磁石〜日経サイエンス2022年1月号より

情報記録とスピントロニクスに

 

コンピューターからクレジットカード,クラウドサーバーまで,今日の技術は磁気を用いてデジタルデータを記憶装置に保持している。だが磁石の大きさによって記憶容量が制限される。紙のように薄い磁石でも,情報処理に使ったほうが有効なスペースを食ってしまう。

 

世界で最も薄い磁石が開発され,最近のNature Communications誌に発表された。酸化亜鉛とコバルトでできた柔軟な薄いシートで,厚さはわずか原子1個分だ。「つまり同じ量の材料を用いてより大量のデータを保管できる」と論文の上席著者となったカリフォルニア大学バークレー校の工学者ヤオ(Jie Yao)はいう。

 

厚さ1nmに満たない磁石は従来のデータ記憶装置を小型化するだけでなく,将来の「スピントロニクス」機器を開発するのに欠かせない。電子の電荷ではなくスピンの向きを利用して情報を符号化する装置だ。こうした微小な磁石は,電子を「量子重ね合わせ状態」にするのに役立つ。粒子が同時に複数の状態を取る重ね合わせ状態を利用すると,データを従来の2値のデジタルではなく3つの状態(スピン上向き,下向き,同時に両方)に符号化して記憶できる可能性がある。

 

ナノスケールの磁石は通常,−196℃の液体窒素温度まで冷やさないと磁場を維持できない。この要請がスピントロニクス機器の実用化とデータ記憶装置の小型化に微小磁石を利用するうえでの大きな障害になっている。「冷凍機を持ち運びたいとは誰も思わないだろう」とシカゴ大学のスピントロニクス研究者オーシャロム(David Awschalom,今回の研究には加わっていない)はいう。「だから,小型で柔軟で室温でも機能する材料が極めて重要なのだ」。

 

亜鉛と酸素,コバルトの組み合わせがカギ

新しい磁石の2次元格子は室温で完璧に機能するうえ,水が沸騰するほどの高温条件でも磁性を維持できる。亜鉛と酸素,コバルトという特定の元素の組み合わせがカギとなった。亜鉛と酸素はそれ自体では磁性を持たないが,コバルトなどの磁性金属と相互作用する。研究チームは酸化亜鉛分子に対するコバルト原子の比を工夫することで,この材料の磁力を“調整”した。コバルトの比が約12%のところが最適だった。6%未満だと磁力が弱すぎ,15%を超えると不安定になった。(続く)

 

続きは現在発売中の2022年1月号誌面でどうぞ。

 

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