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改変大腸菌で色素製造〜日経サイエンス2021年12号より

化学合成のような有害物質の心配なし

 

ありふれた細菌である大腸菌を改変して,食品や衣類,化粧品などに使う様々な色素を作らせる試みが成功した。この概念実証実験はまた,緑と濃紺の2色を自然のプロセスで作り出す方法を詳しく示した初の例だ。

 
色素のなかには植物が自然に作り出すものがある。コマツナギ属の植物の葉から抽出される藍がよい例だ。だが藍の生産は労働集約的な作業で,品質がばらつく問題もある。化学合成による代替品の製造は,有毒な前駆物質や副産物が環境を汚染する心配がある。そして消費者は多少高くてもいとわずに天然着色料を選ぶと,KAIST(韓国科学技術院)の化学工学・生物分子工学者リー(Sang Yup Lee)はいう。そこで,大腸菌を改変して多彩な天然色素を作ることにした。

 

そのためには,色素を作り出す特定の遺伝子を大腸菌に加えて改変するだけでなく,大腸菌が色素を細胞外に排出するのを手助けする必要があった。生産しようとしている色素は水をはじく疎水性なので,通常は細菌の細胞膜を通過できず,細胞内に蓄積してついには細菌が死んでしまう。これは化学物質を自律的に生産する「細胞工場」を追求している合成生物学研究者をかねて悩ませてきた問題だ。

 

色素を取り込む小胞を形成

リーのチームは大腸菌を遺伝子工学的に改変し,通常よりも長い細胞に成長してから,余分にできた細胞膜の一部で小胞ができるようにした。細胞内に蓄積した化学物質がこの小胞に取り込まれ,細胞外に排出される。邪魔な関連遺伝子を完全に取り除くと菌が死んでしまう場合もあるので,そうした遺伝子を除去せずに“黙らせる”(発現を抑える)小さなRNA配列を導入した。またヒトのある遺伝子を挿入し,細胞膜の広範囲にわたって小胞ができるようにした。詳細はAdvanced Science誌に報告。

 

リーは大腸菌を用いるこの製法には毒性がなく,現在の産業にすぐに組み込めるだろうという。ただし,「一部の色素は製造が難しく濃度がまだかなり低いため,現在よりも高価になるだろう」と付け加える。

 

今回の新技術は最終的には微生物を改変して疎水性の抗生物質を作るのに役立つ可能性があるとデューク大学の生化学者キューン(Meta Kuehn,この研究には加わっていない)はいう。この能力は「化学合成が実に難しい一部の抗生物質を生産する手段として極めて大きな意味がある」。(続く)

 

続きは現在発売中の2021年12月号誌面でどうぞ。

 

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