検査もできる使い捨てマスク〜日経サイエンス2021年12号より
新型コロナ対策にうってつけ
マスク着用と検査は新型コロナウイルス感染症対策の要だが,この2つをまとめて実行するデバイスが登場しそうだ。ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の研究者が合成生物学の技術を使って,新型コロナウイルスを正確に検出するマスクを作った。
合成生物学では,遺伝子配列を検出するセンサーなど様々なデバイスを生物のパーツを使って作る。従来の取り組みはこうしたセンサーに工学的に改変した細菌を使ってきたが,生きている細胞には困難(例えば栄養を与え続けなくてはならない)とバイオハザードの危険がつきまとう。これに対し今回の研究では,遺伝子や酵素など細胞が含む成分を用いてフリーズドライの“細胞なし”回路を作り,これを多孔質の柔軟な素材に載せてウエアラブルデバイスを作る(この研究チームはそうした回路を紙のうえに作る方法を2014年に発表していた)。
「今回の重要な進歩は,実験室で使われている技術をウエアラブルデバイスにしたことだ」とマサチューセッツ工科大学の生物工学者リュー(Xinyue Liu,生物利用センサーを開発しているが,この研究には関与していない)は評する。こうしたツールは現場での簡易検査を可能にするだろう。
標的DNAを探し当てるとマスクが変色
Nature Biotechnology誌に掲載された今回の論文は,“細胞なしセンサー”をゴムや布,紙のうえに加えて,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やエボラウイルス,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌),神経ガスなどを検出する方法を記述している。SARS-CoV-2検出マスクに使われるセンサーを含め,いくつかのセンサーはCRISPR技術を利用している。ガイドRNAが標的の配列を探し当ててくっつくと,その核酸を切断する酵素が活性化する。この酵素は近くにある別の核酸も切断し,蛍光タンパク質が遊離して発光する。この手法は多用途の「プログラム可能な」センサーを作ることができるので,ウイルスに変異株が生じても迅速に対応して検出が可能だ。
試作マスクはボタンを押すとセンサーに水がまわって働き始め,ウイルスを分解してそのDNAを検出のために増幅する反応がスタートする。例えば入院患者が着用してスイッチを入れると,90分以内に一連の処理が進んでマスクの色が変わる。「呼気は検体を適切な濃度で非侵襲的に採取するのにうってつけだ」と,独フライブルク大学のセンサー専門家ディンサー(Can Dincer,この研究には加わっていない)はいう。「この応用は現在のニーズにぴったりだ」。(続く)
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