きょうの日経サイエンス

2021年10月5日

2021年ノーベル生理学・医学賞:温度受容体と触覚受容体の発見で米の2氏に

2021年のノーベル生理学・医学賞は,温度受容体および触覚受容体を発見した功績で,米カリフォルニア大学サンフランシスコ校のジュリアス(David Julius)教授,米スクリプス研究所のパタプティアン(Ardem Patapoutian)教授の2氏に授与される。


温度受容体の発見

人間は,自分の周囲にある環境をさまざまな感覚を通じて把握している。たとえば視覚や聴覚,嗅覚の情報は,それぞれ目や耳,鼻の細胞にあるタンパク質のセンサーによって受容され,電気信号に変換されて脳へ伝わる。触覚や温度,痛みといった感覚も同様だが,センサーとなるタンパク質の正体は長らく不明だった。

ジュリアス氏らが痛みの感覚を発生させる受容体を突き止めたのは1997年だった。研究で着目したのはトウガラシの辛み成分であるカプサイシンだ。トウガラシのたくさん入った料理を食べると,口の中がヒリヒリと熱くなって痛みを生じる。カプサイシン受容体は「痛み受容体」であると考えられた。

ジュリアス氏らはまず,痛みや熱,触覚に反応する神経細胞で発現している遺伝子を調べ,これに対応した数百万種類のDNA断片を用意。培養細胞で1遺伝子ずつ過剰発現させ,カプサイシンを振りかけて細胞の応答を調べた。活発な応答が見られたのが,「TRPV1」と呼ぶ筒状膜タンパク質の遺伝子だ。カプサイシンが結合するとTRPV1の筒構造が広がって活性化した状態になり,カルシウムイオンやナトリウムイオンが細胞内へ流れ込む。これが電気信号発生の引き金になっていた。

さらにTRPV1をよく調べると, カプサイシンが無くても,周囲の温度が43℃を超すと活性化することがわかった。痛みセンサーは温度のセンサーでもあり,辛さ(hot)と熱さ(hot)を感じる仕組みは同じだった。体温を越えた熱さが痛みとなって感じられるのは,人間が危険を回避する上で理にかなっている。

その後,2000年代にはTRPV1と類似のセンサータンパク質が多く見つかった。それぞれ活性化する温度や化学物質が異なっており,たとえば30℃未満の低温で活性化するTRPM8は清涼剤のメントールの結合によっても活性化する。膵臓で機能するTRPM2は食後の体温上昇を受けて活性化し,インスリンの分泌を促すこともわかってきた。TRPV1とその類似タンパク質は痛みや熱の情報を脳に伝えるだけでなく,体内の生理機能を制御するスイッチの役目も果たしているようだ。炎症性や神経性の痛みを抑える鎮痛剤や消化器官の疾患治療法などの開発に,この知見が応用されている。




触覚受容体の発見

私たちは日々,常に体の各部にかかる機械的な刺激を感じながら生活している。物体の硬さや手触りを確認し,空気を吸ったときの肺の膨らみを感じ,膀胱に尿がたまったことを検知する。だが皮膚や臓器に与えられる機械的な刺激を体がどうやって検知しているかは,最近までわかっていなかった。米スクリプス研究所のパタプティアンは2010年,そうした機械的刺激を検出する受容体を発見した。

ある種の細胞をピペットなどでつつくと活動電位が生じることはかねて知られていた。このことは,細胞が機械的刺激を受けたときに開くイオンチャネルを持っていることを示している。パタプティアンらはこの細胞で発現している遺伝子のうち機能が未知だったものをしらみつぶしにノックダウンして,つついたときの反応が消えるものを探した。その結果2つの遺伝子がヒットした。これらは機械的刺激の検出を担っていると考えられ,パタプティアンらはこの2遺伝子を,ギリシャ語で「押す」という意味を持つPiezo1Piezo2と名付けた。

その後,Piezo2の遺伝子をノックアウトしたマウスを作ったところ,マウスの動作に異常が表れた。「ついに皮膚触覚の本体をつかまえたと,皆すごく興奮した」と,当時パタプティアンの研究室でポスドクをしていた基礎生物学研究所の野々村恵子助教は振り返る。Piezo2欠損マウスは,皮膚の触覚を失っていた。

これらの遺伝子から作られるタンパク質のPiezoは,皮膚や臓器に張り巡らされた感覚神経細胞の末端にある。3枚の羽根を持つ扇風機のような形をしており,皮膚や臓器が変形すると一緒に変形して中央にあるチャネルが開く。陽イオンが流れ込んで細胞の活動電位が上がり,その信号が脊髄から脳へと伝わって,機械刺激を検知する。

野々村助教は「Piezoという分子が発見されたことで,体内の様々な細胞について,変形という情報にどのような応答を示すかを調べることが可能になった」と話す。機械刺激の検出は,予想を超える広範な臓器や組織において,重要な役割を担っていることが浮かび上がってきた。

肺の体積変化を検知して,呼吸のパターンを制御する。血管内の血液の流れに沿って,内皮細胞の向きを整える。リンパ管の内部に,必要な弁を形成する。手足の筋肉の伸びや関節の形から四肢の形を把握する固有感覚を生み出す。慶応大学の仲谷正史准教授は「機械刺激のセンシングは,正常に機能する臓器や組織を作るうえで本質的な意味を持つ。それを明らかにする多くの研究を生み出したことが,ノーベル賞に値すると判断されたのだと思う」と話している。

(出村政彬,古田彩)


受賞者寄稿記事:2006年9月号「痛みを抑える 新薬開発の最前線」  D. ジュリアス ほか


詳しくは日経サイエンス2021年12月号(10月25日発売予定)でもご紹介いたします。こちらもどうぞ。
ご予約はお近くの書店・日経新聞販売店,下記ネット書店にて
Amazon
富士山マガジンサービス限定:★1冊増★定期購読キャンペーン開催中!


受賞者寄稿記事:2006年9月号「痛みを抑える 新薬開発の最前線」  D. ジュリアス ほか