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デルタ株の脅威 〜日経サイエンス2021年10月号より

今までの経験が通用しない変異株に,さらなる警戒が必要だ

 2021年7月中旬から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第5波の流行が続いている。感染の拡大は過去4回の流行を上回る勢いで進んでおり,全国の新規感染者は7月29日に初めて1万人を超え,8月12日には1万8893人となった。7月12日には東京都で4度目の緊急事態宣言が出されたが,今年4月の3度目の宣言時と比べると繁華街などの夜間滞留人口の減少幅は小さい。かつてない規模の流行拡大にはこうした「自粛疲れ」も影響しているとみられるが,もう1つ重大な要因がある。新型コロナウイルスの変異株「デルタ株」(B.1.617.2系統)の台頭だ。

国内流行はいつ始まったのか
デルタ株のウイルスが最初に報告されたのは2020年10月だったが,その後の半年ほどはほとんど検出例がなかった。ところが2021年4月にインドで大規模な流行を引き起こした後,世界各国で検出されるようになった。 国立感染症研究所の調べでは,8月上旬時点のCOVID-19陽性者に占めるデルタ株の割合は関東で90%以上,関西でも80%と推定されている。4月の第4波の流行ではそれまでの流行株が「アルファ株」(B.1.1.7系統,2020年12月に英国で感染拡大が明らかになった)に置き換わったが,それと同じ現象が短期間で繰り返されたことになる。

 一体いつから国内におけるデルタ株の流行は始まったのだろうか。感染研がデルタ株感染者のウイルスのゲノム配列を手掛かりに感染連鎖のネットワークを解析したところ,5月上旬から国内各地で同時多発的にデルタ株の感染連鎖が起こっていたことがわかった。

Outbreak.info上のグラフを一部改変
日本国内で検出された変異株の割合の推移を,ウイルスゲノムの国際共同データベース「GISAID」に
登録されたデータで可視化したグラフ。「https://outbreak.info」で各国のデータを自由に閲覧できる。


 関西や中京,南九州,関東などで個別に発生した6つの感染連鎖は6月末ごろまでに収束したが,首都圏で発生した1つの感染連鎖が規模を拡大し,他の地方へと広がった。確認できた範囲ではこの首都圏の感染連鎖は5月18日から始まっていたが,実際はさらに前から起こっていた可能性もある。空港検疫の陽性者から見つかったウイルスのゲノム解析では,4~5月にかけてデルタ株は主にインドおよびネパールからの入国者で多く検出されており,全国各地で感染連鎖を起こしたデルタ株のウイルスはこれらの国から流入した可能性が高いと感染研は推測している。

 デルタ株の急速な拡大が続く国は日本だけではない。英国では7月末の1週間の間に行われたウイルスゲノム解析のうち,実に98%以上がデルタ株だった。米国でも7月下旬の解析で83.4%を占めていた。世界全体で見ても,すでにデルタ株はCOVID-19の主要な流行株となっている。(続く)



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