フラットランドの電子〜日経サイエンス2021年10月号より
3次元の超電導体中で2次元的に振る舞う電子が見つかった
奇妙な物理法則が支配する隠された世界──などというと,SF話のように聞こえる。だが最近,ある実在の超電導材料のなかに隠された平面世界が観察された。米国科学アカデミー紀要に発表されたその論文は,3次元の材料のなかの電子がまるで2次元の空間しか存在しないかのように振る舞う事例を報告している。
物質中の電子が3番目の次元を無視
私たちは前後・左右・上下という3つの空間次元のなかで生活している。科学者は極めて薄い材料を作って上下の高さを実質的になくす場合があるが,米国立SLAC加速器研究所のこの研究チームが取った方法はそれではない。チームは新タイプの超電導体(電子が無抵抗で流れる物質で,MRI装置や粒子加速器,一部の量子コンピューターなどに使われている)の研究に取り組むなかで,異常なことを発見した。
バリウムと鉛,ビスマス,酸素でできたその試料は完全に3次元なのだが,強力な量子顕微鏡で調べたところ,内部の電子が3番目の次元を無視し,完全に2次元の縞模様を形作っていることがわかったのだ。「超電導電子は一切の物理的変化や化学的変化なしに,また特定の加工を加えたわけでもないのに,2次元の系へ自発的につぶれていた」と,研究論文の筆頭著者を務めたフェデリコサンタマリア工科大学(チリ)の物理学者パーラ(Carolina Parra)はいう。
この物質が2次元的に振る舞う電子を擁しているのではないかとの理論予測は以前からあったが,計測できていなかった。今回の研究はこれを直接に観察した。量子顕微鏡を用いることで「サンプルの物理的パラメーターに関する情報を原子レベルで入手できた」と論文を共著したSLAC研究所の物理学者マノハラン(Hari Manoharan)はいう。今回用いた量子顕微鏡はトンネリングという量子効果を計測した。顕微鏡内部の電子がトンネル効果で試料に侵入する状況から,超電導体の単一原子とその電子の特徴を明らかにする手法だ。(続く)
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