アメーバが教えてくれる創薬〜日経サイエンス2021年9月号より
土壌にすむ粘菌が致死的な肺疾患の治療に一役
肺気腫や慢性気管支炎などの慢性閉塞性肺疾患(COPD)は米国における死因の上位に位置しているが,いまのところ予防法や治療法はない。ところがアメーバのおかげで,肺細胞をそうした損傷から守ってくれる可能性がある遺伝子が見つかった。COPDの症状を改善できるかもしれない。
「COPD患者を診ている私にとって,これは非常に重要な発見だ」と,この研究論文の筆頭著者でピッツバーグ大学で肺疾患を研究する内科医のクリメント(Corrine Kliment)はいう。クリメントらは有用な遺伝子を探すために,土壌中に生息するアメーバ(細胞性粘菌)であるキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)に注目した。
子実体期のキイロタマホコリカビ Tyler Larsen (CC BY SA 4.0), |
アメーバは人間にもある遺伝子を数多く持っているが,ライフサイクルははるかに短い。このため研究者はまずアメーバを用いて興味深い遺伝子に素早く見当をつけてから,哺乳動物モデルで詳しく調べることができる。「私たち研究仲間はよく冗談で,人間は毛が生えたアメーバにすぎないと話している」と,研究論文の上級著者となったジョンズ・ホプキンズ大学の研究者ロビンソン(Douglas Robinson)はいう。
煙から細胞を守るタンパク 質
COPDによる死亡例の約75%には喫煙が関係している。そこでロビンソンの研究室は,様々なタンパク質を過剰生産するように遺伝子改変したアメーバ3万5000個をわずか4週間でスクリーニングし,それらのタンパク質のなかにアメーバを煙による損傷から守っているものがないか調べた。すべてのアメーバをタバコの煙の抽出物にさらして実験した結果,最もうまく生き続けたアメーバは細胞の代謝に重要な特定のタンパク質をいくつか過剰に作り出していることがわかった。
次に,それらと同じタンパク質をヒトとマウスの肺細胞で探した。この結果,喫煙者とCOPD患者,煙に長期間さらされたマウスから採取した肺細胞では,ANT2というタンパク質の産生量が特に少ないことがわかった。
そして驚いたことに,ANT2は細胞代謝とは別の働きもしていた。クリメントが顕微鏡で肺細胞を観察したところ,細胞表面のうち「繊毛」という毛のような突起の周囲にANT2が蓄積しているのが見えた。繊毛は前後に動いて肺から粘液を掻き出している。COPDではこの繊毛の動きが鈍り,粘液がたまって呼吸不全につながる。クリメントらはANT2が水分補給を増やし,繊毛が粘液を排出しやすくしていることを見いだした。Journal of Cell Science誌に報告。(続く)
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