1000兆分の1の放射性物質を検出〜日経サイエンス2021年8月号より
暗黒物質粒子の探索など素粒子物理の高精度実験に寄与
1ppb(10億分の1)という濃度は10トンのポテトチップスにひとつまみの塩を加えた程度だが,科学者たちはいまや,その数百万分の1の濃度の放射性粒子を見つけられるようになった。最近のJournal of Analytical Atomic Spectrometry誌に,1000兆個の様々な原子のなかに隠れている1個の放射性ウランおよびトリウムを検出した事例が報告された。
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PAUL BRINK, SUPERCDMS COLLABORATION, STANFORD UNIVERSITY AND SLAC NATIONAL ACCELERATOR LABORATORY |
こうした微量の放射性元素は実験器具によく用いられている金などの金属に自然に含まれており,それを検出する能力は素粒子物理学に大きな意味を持つ。放射性の微量物質は,暗黒物質(ダークマター)粒子などエキゾチック粒子を探す検出器の感度を制限するからだ。検出器内部にあるわずかな放射性不純物が目的の粒子と紛らわしい信号を発し,実験を台なしにしてしまう恐れがある。
「何を差し置いても,まずは可能な限りクリーンな素材が必要だ」とドレクセル大学の素粒子物理学者でEXO実験というプロジェクトに加わっているドリンスキー(Michelle Dolinski,今回の研究には参加していない)はいう。まれな粒子を探索する彼女の研究は,放射能を追跡する化学者の研究と深く関わり合っている。
「物理学実験のニーズが化学を推し進める力になっている」と,この論文を共著した米国立パシフィックノースウエスト研究所(PNNL)の化学者ホップ(Eric Hoppe)はいう。彼のチームは金属試料に含まれる低濃度の放射性トリウムとウランを質量分析計(質量に基づいて粒子を分別する技術)を用いて特定した。
加熱・酸化処理して質量分析
まず,放射性元素を金属に含まれている他の原子を上回る質量にする必要があったと,論文の筆頭著者となった同じくPNNLの化学者ハルアカ(Khadouja Harouaka)は説明する。このため,金属試料を加熱して化学反応性を非常に高めたうえで,酸素を満たした容器内に入れた。この結果,金属試料に含まれるトリウムやウランがすべて酸素と結びつき,質量分析計のデータのなかで十分に目立つ質量の分子を形成した。次にチームはこれらの酸化した放射性粒子の個数を数え,それをもとに本来の濃度を算出した。その素材によってどのくらいの放射線が物理実験に持ち込まれるかを示す数値だ。
以前に開発された粒子検出手法の多くは検査対象とするそれぞれの金属に応じて調整を加える必要があったが,新手法は常に同じ加熱・酸化処理を用いる。「扱える素材の幅が広がる」とホップはいう。(続く)
続きは現在発売中の2021年8月号誌面でどうぞ。