キノコから作る布地〜日経サイエンス2021年8月号より
美術館に残っていたある工芸品はキノコの菌糸体でできていた
バイオファブリケーション企業は菌類を使ってプラスチックや革の代わりになる丈夫で持続可能な製品を作る試みにますます力を入れている。だが最近,アメリカ先住民が少なくとも100年前にすでに“菌織物”を作っていたことが判明した。Mycologia誌に発表された研究は,1903年にアラスカのトリンギット族の女性が作った2つのウォールポケット(ポケットつき壁掛け)が真菌由来であることを確認した。
かつて欧州で菌織物が使われていたとする報告例がいくつかあるが,「この素材が北米で使われていたことを示す記録は私の知る限りこれが初めてだ」と加ビクトリア大学の民族植物学者ターナー(Nancy Turner,この研究には加わっていない)はいう。
研究論文を共著したヘインズ(Deborah Tear Haynes)はダートマス大学のフード美術館で収蔵資料管理マネージャーを務めていた際にこの工芸品を知った。これを寄贈した元の所有者はウォールポケットの1つに「ペアの菌類バッグ。近所の先住民からの結婚祝いの贈り物」とラベルをつけていた。興味をそそられたヘインズは何年もかけて専門家に鑑定を依頼したが,菌織物のことを知る者は誰一人おらず,彼女の問い合わせはほとんど関心を呼ばなかった。だが「何でできているのかを解明しないまま放ってはおけなかった」という。
ヘインズがダートマス大学の走査型電子顕微鏡施設を利用して詳しく調べた結果,ついに進展があった。顕微鏡画像によって菌糸体が明らかになったのだ。菌糸体はより合わせた糸のような組織構造で,これが土壌や木質に侵入し,強くしなやかで耐久性のある厚いマットを形成することがある。「手で引き裂くのは不可能。まさしく革のようだ」と論文を共著したミネソタ大学の森林病理学者ブランシェット(Robert Blanchette)はいう。
エブリコの子実体。 |
ブランシェットは菌糸体の細部を現生種に関する記述と比較し,これらのバッグがエブリコというキノコの一種からできていることを突き止めた。この木材腐朽菌は米国西部の老齢林とともに消えつつある。「エブリコは先住民にとって重要な菌類だった。太平洋岸北西部の至る所で薬や宗教儀式に使われていた」とブランシェットはいう。(続く)
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