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口まねするクジラ〜日経サイエンス2021年5月号より

オーストラリアのヒレナガゴンドウは
シャチの声をまねているようだ

 

 南洋のヒレナガゴンドウはおしゃべりな海生哺乳類だ。そしておしゃべりなだけでなく,その発声を使って強敵をだまそうとしている可能性がある。

 クジラやイルカなどクジラ目の動物は,食物や交配相手の発見や進路の決定,仲間との交流のために音でコミュニケーションしている。その声(いわゆる「クジラの歌」)は種によって異なり,コミュニティーによっても違う。ソナーなどの人工音をまねることもできる。クジラ目の声を録音して別の種の声と一致するものを突き止めた例はこれまでなかったが,最近の研究で,音声記録に重複部分が見つかった。



ライバルに似た声

 ある研究チームがオーストラリア沖のヒレナガゴンドウの発声2028件を調べた。この海域のヒレナガゴンドウの声を総合的に記述した初の研究だ。同チームは19件の発声がシャチのものに似ていることに驚いた。シャチはヒレナガゴンドウの敵だ。「同じ海域のシャチの声と,人間の耳にはまったく同じに聞こえる声を見つけた」と,Scientific Reports誌に発表された論文を共著した豪カーティン大学海洋科学技術センター所長のアーブ(Christine Erbe)はいう。

 ゴンドウクジラとシャチはマイルカ科のなかで最大の2種であり,同じ環境で見られることが多く,大きさも同程度で,どちらも社会的つながりの強い群れを作って生活していると,仏CEREMAラボの生物音響学研究者キュレ(Charlotte Curé,この研究には加わっていない)はいう。シャチはヒレナガゴンドウと食物を奪い合う関係であり,ヒレナガゴンドウを捕食している可能性もある。

 実際,シャチの胃の内容物を調べた研究から,シャチがゴンドウクジラを食べた例が見つかっている。だがゴンドウクジラは群れでシャチを追い払うこともある。クジラ目の頂点捕食者からこのように身を守るのはゴンドウクジラだけだ。


口まねによる護身術?

 口まねはシャチから身を守る付加的な方法になっている可能性がある。「似た声を出せば,獲物として認識されないだろうという仮説だ」とアーブはいう。シャチが食べ残したおこぼれをゴンドウクジラが食べる場合,シャチのような声を出せば気づかれないですむかもしれない。「これはすべて光のほとんど届かない水中の話であり,動物たちは獲物や捕食者の検知や進路決定を音に頼っている」とアーブはいう。(続く)



続きは現在発売中の2021年5月号誌面でどうぞ。

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