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クモの脚の知性〜日経サイエンス2021年4月号より

巣作りに見られる「形態学的計算」

クモの脚はそれぞれ知性を持っているようだ。Journal of the Royal Society Interface誌に発表された研究によると,クモの脚はそれぞれ半独立のコンピューターとして機能しており,すぐそばの環境を読み取るセンサーからの信号に応じて脚の動きが誘発されている。この自律性が一助となって,クモは脳にほとんど頼らずに完全な巣を素早く作ることができる。研究チームは,クモが巣をかける複雑な行動を驚くほど単純な規則に還元してコンピューター上でシミュレートした。ロボット工学に応用できそうだ。

論文の主執筆者となった英オックスフォード大学の生物学者ボルラス(Fritz Vollrath)は「次世代ロボットに関する新たなアイデアを研究・検証するための興味深く非常に重要なパラダイムを提示した」という。「クモが巣を張る行動は,この種の問題を詳しく研究するための格好の例だ」。

FROM “SPIDER WEBS INSPIRING SOFT ROBOTICS,” BY FRITZ VOLLRATH AND THIEMO KRINK, IN JOURNAL OF THE ROYAL SOCIETY INTERFACE; NOVEMBER 11, 2020 (https://doi.org/10.1098/rsif.2020.0569 )

この研究は「形態学的計算」という概念に関連している。ある行動が脳の指示に従ってなされるのではなく,それを実行する機能が体の一部分にコードされているという考え方だ。人間の膝蓋反射や歩行などがこの例だ。「これらは基本的に手っ取り早い処理によってなされており,脳は何が実行されているのか意識もしていない」とボルラスはいう。このように処理をアウトソーシングすることで,進化や訓練によって磨き上げられた標準的な行動については脳がいちいち監督しなくてすむようになっている。

ロボット工学者が形態学的計算を研究しているのはこのためで,計算能力と時間の節約につながるからだ。だが自然界でこの現象を詳しく調べた研究は少ない。この欠落を埋める実験にクモは最適だったとボルラスはいう。クモの巣は形を見れば設計の変化をすぐに特定できるし,クモの脚はちぎれても再生するからだ。

ボルラスはオーフス大学(デンマーク)のコンピューター科学者クリンク(Thiemo Krink)とともに,いずれかの脚が再生途上で長さが本来の半分しかない8匹のニワオニグモの動きを撮影し,その動きをデジタルデータに落とした。これらのクモは8本の脚が完全な長さのクモと同じくらい素早く完全な巣を作った。もし脳が短い脚の影響をどう補うかを計算していたら,わずかだが計測可能な遅れが生じたはずだと研究チームはいう。実際にはそうではなく,クモの脚は脳から基本的な指令は受けているものの,体表にある感覚毛やスリット状の感覚器といったセンサーからの局所的な入力に基づいて動きを調節していると考えられる。(続く)

 

続きは現在発売中の2021年4月号誌面でどうぞ。

 

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