SCOPE & ADVANCE

多様なDNAカッター〜日経サイエンス2021年4月号より

新たに数十種のCas9がリストアップされた
ゲノム編集の選択肢が広がりそうだ



DNA編集ツールCRISPR-Cas9は遺伝子や遺伝疾患の研究に革命を起こしている。大半の研究者が使っているCas9タンパク質は化膿連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)に由来する特定のタイプだ。だが他の微生物もそれぞれ独自のCas9を持っており,それらは遺伝子を別の位置で切断するので,より正確で柔軟性の高い治療法を開発するのに役立つ可能性がある。Nature Communications誌に掲載された最近の研究は数十種類のCas9を解析し,これらの“分子ハサミ”がDNAを認識して切断する仕方が実に多様であることを明らかにした。

Cas9で遺伝物質を切断するには,Cas9を目的のDNA配列に導く「ガイドRNA」が必要だ。そして,そのDNA配列の末端が「プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)」という短い配列で終わっている必要がある。Cas9は対応するPAMがもともと存在している場所でしかDNAを切断できない。この厳しい制約があるため,遺伝子を編集できる場所が限られていると,論文の主執筆者となったヴィリニュス大学(リトアニア)の生化学者シクスニス(Virginijus Šikšnys)はいう。


さらに使いやすいツールを目指して
シクスニスらは編集箇所の選択肢を広げるため,「データベースに収録ずみの数千種類のCas9タンパク質配列」を検索し,異なる細菌に由来する79の候補を選び出した。細胞内を模擬した液体のなかでそれぞれのCas9を作り出し,ランダムなPAMを持つDNA断片を各混合液に加えた。

この結果,ほとんどのCas9タンパク質は固有のPAM配列を認識した。つまりDNAを切断できる場所が増えることになるとカリフォルニア大学バークレー校のクリスパー研究者パウシュ(Patrick Pausch,この研究には加わっていない)はいう。これらのCas9の大きさは様々なので(イエローストーン国立公園の間欠泉の細菌に由来するものは標準よりも30%小さかった),異なる送達システムに適合する利点もあるとシクスニスはいう。

そしてCas9の選択肢が増えることで,一部の遺伝子編集療法に対する免疫応答を回避できる可能性がある。ある先行研究によると,125人の献血者のうち58%が化膿連鎖球菌由来のCas9に対する抗体を持っていた。もっと無害な細菌に由来するCas9タンパク質なら,免疫応答を引き起こして排除されてしまう可能性が低くなるかもしれない。(続く)



続きは現在発売中の2021年4月号誌面でどうぞ。

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