女王バチの生殖不全を診断〜日経サイエンス2021年3月号より
精子保存器官の体液を分析してストレス要因を特定できる
ミツバチの女王は一生のうち,ある短い一時期に交尾するだけで,その精子を体内の受精嚢に保存しておいて後で使う。だが,女王がその精子を健全な状態に保つのに失敗すると,コロニーは崩壊するだろう。この「クイーンフェイリュアー(女王機能不全)」は米国で起きているハチの個体数減少の大きな原因だ。この機能不全の原因を特定するのは難しい。女王バチは明らかな症状を示さないからだ。だが最近の研究は原因に迫る方法を示している。養蜂家にとって貴重な診断ツールにつながるかもしれない。
コロニーで生殖できるメスは女王バチだけだ。受精能力のある精子がないと女王は産卵できず,コロニーの個体数は急落すると,今回の研究論文の筆頭著者となったノースカロライナ州立大学のハチ研究者マカフィー(Alison McAfee)はいう。これは人間にとっても重大事だ。ブルーベリーやリンゴなどの作物の花粉媒介者として「ミツバチの農業への貢献は160億ドルから200億ドルの経済価値がある」と,加ブリティッシュコロンビア大学にも在籍するマカフィーはいう。さらに気候変動がミツバチを脅かしており,高温もコロニー喪失に関連していることが以前の研究で示されている。
受精嚢の体液がストレスによって変化
マカフィーらはクイーンフェイリュアーを調べるため“分子的な病理解剖”を行った。女王バチを極端な高温や極端な低温,殺虫剤に曝露した後,精子を保存する受精嚢の内部の体液を分析した。この結果,それぞれのストレス要因が体液中の別々のタンパク質の増加と関連していることがわかった。
研究チームは各ストレス要因の指標として,増加量の最も多い2種類のタンパク質を同定した。ブリティッシュコロンビア州の養蜂家から寄贈された機能不全の女王バチでこれらのタンパク質を調べたところ,殺虫剤と極端な高温への曝露を示すタンパク質は見つかったが,極端な低温に対応するタンパク質はなかった。BMC Genomics誌に報告。
マカフィーらはこの結果に基づき,クイーンフェイリュアーの原因を識別する診断検査ツールを開発中だ。まだ初期段階だが,ワシントン州立大学のハチ研究者でハチ授精事業を営むコビー(Susan Cobey,この研究には関与していない)は大いに期待している。「女王バチに起こっていることを突き止め,何らかの予防策を取って損失を回避できれば,実に素晴らしい」。■
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