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波に乗る寄生虫〜日経サイエンス2021年1月号より

大型ハリケーンが海水をかき混ぜて寄生虫の個体群に影響

 

2017年,ある研究チームがバージン諸島とプエルトリコの間に広がるターコイズブルーの海でそのシーズンのフィールド調査を終えた直後,大型ハリケーンが相次いで調査現場と研究施設を襲った。海水魚にくっついて血を吸って生きているウミクワガタ類というあまり知られていない寄生虫を研究している同チームにとって,これは大きな打撃となった。

 

Gnathiid isopodだがこの不運は破壊的なハリケーンが海洋生物の個体群に与える影響を調べるまれな機会を与えてくれたと,ポルトガルにあるポルト大学で分子生態学を専攻している大学院生で,最近のScientific Reports誌に掲載された研究論文の主執筆者となったパガン(Juan Andrés Pagán)はいう。同チームはサンゴ礁で発見したウミクワガタをレゲエミュージシャンのボブ・マーリーにちなんでグナシア・マーリー(Gnathia marleyi)と名づけた後,その採集を2013年から毎年続けてきた。ハリケーン後,チームはさらに多くの標本を採集すべく現場に戻った。クラゲやサメをものともせず,夜に最も活動的となるウミクワガタを捕まえる罠(わな)を仕掛けた。

 

今回の研究では,この連続ハリケーン(過去数十年に同地域を襲ったなかで最強)の前後に様々な地点で採取したウミクワガタ個体群のDNAを調べた。「ハリケーン前にこれらの個体群が安定していたことをはっきりと確認できた」とパガンはいう。つまり,ウミクワガタは毎年ずっと同じ場所に分離されてきたということだ。

 

ハリケーンが遺伝的多様性に影響

だがハリケーン後,状況は変わった。

 

ウミクワガタは長距離を泳ぐことができない。通常の環境下では,甲殻類や軟体動物など他の無脊椎動物と同様,ウミクワガタも狭い領域にとどまり続ける。だがグナシア・マーリーは2017年のハリケーンに乗って異例の長距離を移動し,250 km以上も移動した例もあったようだ。この移動が「遺伝子プールをかき混ぜ」,ウミクワガタ個体群が遺伝的に似たものになったことがわかったと,チームリーダーを務めたアーカンソー州立大学の海洋生態学者シッケル(Paul Sikkel)は語る。「ハリケーンがすべてを均質化した」という。「どの採集地点でも多様性が高まった。だが,かき混ぜられたので,個体群全体で見ると均一になった」。これはハリケーンが海洋生物の遺伝的多様性に影響を及ぼすことを遺伝学的に明確に示した初めての証拠だろうという。(続く)

 

続きは現在発売中の2021年1月号誌面でどうぞ。

 

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