コウモリの大声は訴える〜日経サイエンス2021年1月号より
狩りに必要な反響定位音を出すのが追いつかなくなる恐れ
コウモリは毎晩,安全なねぐらを離れて食物を探しに出なければならない。これにはエネルギーがいる。そもそも,狩りに費やしたエネルギーをまかなうのに十分な量の昆虫を食べる必要がある。
コウモリは飛行と反響定位用の発声に同じ胸筋と腹筋を使っているので,飛行中に発声しても,飛んでいるだけの場合と比べて余分に消費するエネルギーはたいして多くないだろうと考えられてきた。だがNature Ecology & Evolution誌に発表された最近の研究結果は,この考え方に大きな疑問を投げかけている。
「静かに発声している場合なら,それらの想定は通用する」と独ライプニッツ動物園野生生物研究所のカリー(Shannon Currie)はいう。だが「大声を出すとエネルギー消費が非常に大きくなる」。
超音波ノイズが増加,獲物は減少
カリーらはベルリンの市街地で捕獲した9匹のナトゥージウス・アブラコウモリについて代謝と反響定位音の強度を測定した(実験後に解放)。風洞装置中を飛行中に通常の環境音を流した場合,コウモリの鳴き声の大きさは113デシベルだった。だが超音波のノイズを追加すると128デシベルの大声で“叫び”,約30倍のエネルギーを要したという。コウモリの鳴き声は人間には聞こえないが,この音量の増大幅は近くにあるチェーンソーの音とジェットエンジンの爆音の差に相当すると,コウモリに詳しいウィニペグ大学の生物学者ウィリス(Craig Willis,この研究には加わっていない)はいう。
コウモリがこの劇的な音量増で消費される追加エネルギーをまかなうには,昆虫を毎晩0.5g(体重の約7%)余分に食べる必要がある。「人間に引き直すとロースト七面鳥のごちそうにあたり,これはおおごとだ」とウィリスはいう。
生息地での昆虫の数が減っているコウモリにとって,交通や重機などの人間活動から生じた超音波ノイズを上回る反響定位音を出せるだけの栄養を得るのは難しいかもしれない。「多くの意味で,昆虫の保護はコウモリの保護だ」とウィリスはいう。「昆虫は恐ろしい勢いで減っており,終末期の様相だ」。つまり,多くの地域のコウモリは少ない昆虫を必死に探し回らなければならないとカリーはいう。獲物から得る量を上回るカロリーを狩りに費やすと,コウモリは窮地に陥るだろう。コウモリが生き延びるうえで,人工の騒音という障害がまたひとつ加わった格好だ。■
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