きょうの日経サイエンス

2020年10月5日

2020年ノーベル生理学・医学賞:C型肝炎ウイルスの発見で米などの3氏に

 2020年のノーベル生理学・医学賞は,C型肝炎ウイルスを発見した功績で,米国立衛生研究所(NIH)のオルター(Harvey Alter)名誉研究員,カナダのアルバータ大学のホートン(Michael Houghton)教授,米ロックフェラー大学のライス(Charles Rice)教授の3氏に授与される。

 世界保健機関(WHO)によると,慢性肝炎を起こすB型およびC型肝炎は,世界に3億人以上の患者がおり,年間130万人が死亡している。1960年代までは手術や輸血によって蔓延し,「輸血後肝炎」とも呼ばれた。1967年に米国立衛生研究所(NIH)のブランバーグ(Baruch Blumberg)氏が,オーストラリアの先住民の血清の中から,頻回の輸血を受けた患者の血清に反応するタンパク質を発見し,慢性肝炎の原因ウイルスの一部であることを突き止めた。後にB型肝炎と呼ばれる肝炎のウイルスで,ブランバーグ氏は1976年のノーベル生理学医学賞を受賞した。

 だが,それで問題は終わらなかった。検査でB型肝炎の感染を調べられるようになっても,輸血後肝炎は2割しか減らず,残る8割には別の原因があることが示唆された。ブランバーグ氏の共同研究者だったオルター氏は,肝炎に感染するチンパンジーの動物モデルを開発。1978年にこのチンパンジーに慢性肝炎の患者の血清を注射し,肝炎に感染することを確かめた。これがきっかけで病原体の解明が進み,オルターらはそれが小型のRNAウイルスで,エンベロープを持つことなどを予測した。

 だがその正体はなかなかわからなかった。1989年に米製薬企業のカイロン社のホートン氏が,遺伝子工学を用いた新しい手法で,ついに懸案のウイルスの正体をつきとめた。まず慢性肝炎に感染したチンパンジーの血清からRNAを抽出。これに相補的なDNA断片を作って大腸菌に導入し,タンパク質を合成させる。この大腸菌を培養皿で増殖させ,肝炎患者から得た血清を加えて,反応を調べた。大腸菌が作るタンパク質はほぼすべてチンパンジーのものだが,わずかに患者の血清と反応するタンパク質が存在し,これがウイルスのタンパク質だと考えられた。この発見が突破口となって未知の肝炎のウイルスのゲノム配列が同定され,C型肝炎ウイルスと命名された。

 これが本当に肝炎の原因ウイルスだと証明するには,ウイルスが増殖し,単独で肝炎を起こすことを確かめる必要がある。だが,得られたウイルスはチンパンジーの体内で増殖しなかった。当時セントルイスのワシントン大学にいたライス氏は,ウイルスの増殖を妨げる変異が生じているのではないかと考えた。またゲノムの両端に近い場所に複製に必須の部分があると予想し,問題の変異を除いたうえで必須の部分が入ったウイルスをつくり,チンパンジーの肝臓に注射した。すると増殖したウイルスが血液から検出され,チンパンジーは慢性肝炎に似た症状を示した。こうしてC型肝炎の原因は確かにこのウイルスであると証明された。

 

C型肝炎ウイルスはオルター氏が動物実験でウイルスの特徴を予測し,ホートン氏が遺伝子配列を突き止め,ライス氏が動物に感染させて発症する事を確かめた。(image: ノーベル財団のプレスリリースを一部改変)

 

 C型肝炎のウイルスが発見されたことで,症状がなくても血液検査で感染の有無を調べることが可能になった。90年代からは輸血されるすべての血液についてC型肝炎の検査が行われるようになり,輸血後肝炎は激減した。さらに治療薬の開発も始まった。授賞を発表したカロリンスカ研究所のノーベル賞選考委員会は「肝炎ウイルスの発見は,20世紀において最もインパクトのある科学の成果の1つだ」との賛辞を贈っている。(古田彩)

 

詳しくは日経サイエンス2020年12月号(10月24日発売予定)でもご紹介いたします。こちらもどうぞ。

ご予約はお近くの書店・日経新聞販売店,下記ネット書店にて

Amazon楽天Books