2020年10月6日
2020年ノーベル物理学賞:ブラックホール 理論と観測の3氏に
2020年のノーベル物理学賞はブラックホールがこの宇宙に実在することを理論と観測で示した理論物理と天文分野の研究者に贈られる。一般相対性理論の研究からブラックホールが現実の宇宙で必然的に生じうることを1960年代に示した英オックスフォード大学のペンローズ(Roger Penrose)名誉教授と,天の川銀河の中心を周回する天体を1990年代初めから長期的に観測して巨大ブラックホールが存在することを明らかにした独マックス・プランク地球外物理学研究所のゲンツェル(Reinhard Genzel)教授とカリフォルニア大学ロサンゼルス校のゲズ(Andrea Ghez)教授の3人。賞金1000万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)の半分がペンローズ氏に,残り半分がゲンツェル,ゲズ両氏にそれぞれ贈られる。
ブラックホールはアインシュタイン(Albert Einstein)が1915年に提唱した一般相対性理論の解の1つ。早くも同年にはシュヴァルツシルト(Karl Schwarzschild)が静止している球対称なブラックホールの解を,1963年にはカー(Roy P. Kerr)が回転しているブラックホールの解を導出した。ただ,こうした解は無限遠方で時空が平坦であることなど極めて理想的な条件下で得られるもので,混とんとした現実の宇宙ではブラックホールは生じ得ないとの見方があった。
これに対してペンローズは,そうした理想的な条件を考えなくても,普遍的にブラックホールが生じうることを厳密に数学的に証明した(ペンローズの特異点定理)。一般相対性理論に詳しい東京工業大学の細谷暁夫名誉教授は次のように話す。「ブラックホール解の導出には物質が球対称であるなどの仮定があり,『そんな状況が本当にあり得るのか』との疑念が生じ,当時,研究者の間でブラックホールが実在するかどうか議論になっていた。ペンローズは,そうした対称性がなくても,物質,より正確に言えば正のエネルギーが存在するだけで,必ず特異点が生じることを数学的に示した。議論に決着がつき,誰もが納得した」。ちなみにホーキング(Stephen Hawking)はペンローズとともに定理を拡張し,宇宙初期の特異点の存在などを証明した。
一方,天の川銀河の中心で1974年,電波で明るく輝く非常に小さな電波源が発見され,この「いて座A*(スター)」と名付けられた電波源が巨大ブラックホールである可能性が指摘されるようになった。1990年代に入ると,ゲンツェル,ゲズ両教授をそれぞれリーダーとする2つの研究グループが大型の可視光・赤外線望遠鏡を使って,天の川銀河中心の多数の天体の動きを長期にわたって観測,それらの天体がいて座A*の周りを周回しており,その軌道運動の解析から,いて座A*の正体は太陽の約400万倍の質量を持つ巨大ブラックホールであることを明らかにした。
この観測成果を踏まえ,2010年代に入って,多数の電波望遠鏡を連携させて実効的に地球サイズの口径の望遠鏡を実現する国際共同の「イベント・ホライズン・テレスコープ」で,いて座A*の巨大ブラックホールの撮影が試みられた。こちらについては現在も解析が進んでいるが,同時期に試みられたM87銀河の巨大ブラックホールの撮影の方は成功し,その画像が2019年4月,日本を含む世界6カ所で同時に発表され世界的ニュースになった。この研究成果もノーベル物理学賞の有力候補になっている。(中島林彦,古田彩)
*10月7日午前10時 記事に間違いがありましたので修正しました。修正点は以下の通りです。大変申し訳ありませんでした。
シュヴァルツシルトが静止している質量無限大の特異点としてのブラックホールの解を
→静止している球対称なブラックホールの解を
ただ,こうした解は宇宙が均一で等方的であることなど
→こうした解は無限遠方で時空が平坦であることなど
ちなみにホーキングはペンローズ名誉教授の研究を宇宙論に応用,宇宙の初めに特異点が存在することを示したことで知られる。
→ホーキングはペンローズとともに定理を拡張し,宇宙初期の特異点の存在などを証明した。
(図の説明)
ある時点で,中から発した光が時空の1点に集まる「捕捉面」が生じ
→光が広がらず収束する「捕捉面」が生じ
時間が一方向に進むように,物質は特異点と呼ばれる1点にすべて集まって,特異点を形成する
→物質は特異点と呼ばれる1点に集中していく
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