手遅れになったハンドフィッシュ〜日経サイエンス2020年9月号より
現代の海水魚として初の絶滅が記録された
人間は長い間,海は広いから目に見えるようなダメージを人が海に与えることはできないと信じてきた。だが現在,人間活動が海洋生物の重要な生息環境を破壊し,海水を危険なまでに汚染し,海洋環境を酸性化させうることがわかっている。乱獲が食物網を乱し,多くの海洋生物を絶滅危惧種のカテゴリーに追いやり,ステラーカイギュウなどいくつかの動物が絶滅した。そして今年3月,スムース・ハンドフィッシュ(Sympterichthys unipennis)が,現代の海水魚としては初めて正式に絶滅を宣言された。
ハンドフィッシュ科は深海魚のアンコウに類縁の風変わりな底魚14種からなる。他の大半の魚とは違って仔魚(幼生)の段階がなく,成魚になってもあまり動き回らない。豪タスマニア大学の海洋生態学者エドガー(Graham Edgar)によると,こうした特徴のため環境の変化にとても敏感だ。「ほとんどの時間を海底でじっとしながら過ごし,たまに邪魔されると数mほど移動するだけだ」という。「仔魚の段階がないので,新たな場所に分散できない。したがってハンドフィッシュの個体群は非常に狭い範囲に局所化しており,様々な脅威に弱い」。1996年,スポッテッド・ハンドフィッシュという今回とは別の種が国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに海水魚として初めて「絶滅寸前」として登録された。
絶滅寸前に陥っているレッド・ハンドフィッシュ
かつてスムース・ハンドフィッシュはありふれた魚で,欧州人探検家によってオーストラリアで初めて記録された魚種のひとつだった。だが過去100年以上にわたり,既知の生息域で何度も科学調査が行われた(エドガーらによる調査も含む)にもかかわらず,1匹も報告されていない。レッドリストの「絶滅」についての公式な定義は,「最後の個体が死滅したと考えるに合理的な疑問の余地がない」ことだ。エドガーとオーストラリア国家ハンドフィッシュ回復チームのメンバーはスムース・ハンドフィッシュについて今年初めにこの結論を下さざるをえず,レッドリストはこの魚を「絶滅」に分類した。何が絶滅の原因となったのか正確にはわかっていないが,同じ領域に生息している他の生物はトロール漁業や汚染,気候変動によって脅かされている。(続く)
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