ヒザラガイのよろい〜日経サイエンス2020年6月号より
うろこのような構造をヒントに柔軟性を併せ持つ防具が可能に
中世の鎧兜(よろいかぶと)の時代から,防具は大きな進化を遂げた。だが肘や膝など関節の保護はいまだに難しい。負傷を防げるだけの強度がありながら,動きを妨げない柔軟性を併せ持つ素材が必要になるからだ。このため,ある地味な海生生物の殻を模擬する研究が進んでいる。この動物の体表を覆う殻は,防護と柔軟性を絶妙なバランスで兼ね備えている。
ヒザラガイ〔多板綱(たばんこう)〕と呼ばれる海生軟体動物のなかには,体の外側を丈夫な組織が取り囲み,さらにその表面が炭酸カルシウム(多くの甲殻類に見られる殻の成分)でできた鱗(うろこ)のような薄片が重なり合った殻で覆われた種がある。ある科学者チームがこの鎧を解析し,防護能力を損なわずに自由な動きを確保している仕組みを学んで,その形状に基づく防具を3Dプリンターを使って製造した。昨年12月のNature Communications誌に報告。
![]() Illustration by Brown Bird Design |
「私たちはこの素材の構造を,ナノメートルから巨視的スケールにわたって体系的に調査した」と,研究論文を共著したバージニア工科大学の機械工学者リー(Ling Li)はいう。リーは複数の機関に所属する共同研究者とともに,個々のヒザラガイの鱗片の化学組成と結晶構造,機械特性を調べ,その後は視野を全体に広げて,鱗片がどのように連携して機能しているかを解析した。
研究対象としたヒザラガイは全長が一円玉くらい,鱗片は最大でも幅2mm程度しかないため,高解像度のX線を用いてこの外被の立体構造を画像化した。
鱗片がフックで連結,圧力を分散
その結果,この鎧は鱗片の連結構造によって強度を得ていることがわかった。個々の鱗片の土台部分は断面が菱形で,これが滑らかな上面に向かって伸びているのだが,先のほうがカーブして隣の鱗片に引っ掛かるようになっている。1つの鱗片が外力で押されると,このフックによって隣接する鱗片が押され,圧力が分散して鎧の下の有機体は保護される。研究チームは建築設計家の協力を得て,人間用に同様の“うろこ型防具”を3Dプリンターで作った。ガラスの破片から装着者を保護する膝当てなどだ。(続く)
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