光による彫刻〜日経サイエンス2020年5月号より
微小な結晶粒子を中空に加工,触媒などに利用も
酸化銅(Cu2O)結晶のナノ粒子に光を当てて,中空の小さな殻が作られた。これらの中空粒子は将来,余剰な二酸化炭素(CO2)を大気から除去する安価な触媒や顕微鏡画像を改善する手段など様々な応用が考えられると,昨年9月のChemistry of Materials誌に発表されたこの新製法に関する研究論文の上席著者となったワシントン大学(セントルイス)の化学者サトラー(Bryce Sadtler)はいう。
微粒子を中空にするこの処理には可視光とアルカリ溶液,電源が必要だとサトラーは説明する。酸化銅の微結晶に光を当てると電子が励起され,銅イオンと結びついて通常の銅原子ができる。酸素との結合を解かれたこれらの銅原子は微粒子の表面に移動して金属銅の被膜となり,その下の結晶部分をアルカリ溶液から遮蔽する。
微粒子のどの面がアルカリ溶液から保護され,どの面が溶かされるかは,結晶の構造によって決まる。いくつかの結晶面はその原子構成のために電子が励起されやすく,金属銅の原子が表面に移動する。一方,保護されていない面はすぐに溶解する。この結果,くっきりした幾何学的な線でかたどられた中空粒子ができる。「ダイヤモンドをカットしやすい向きがいくつかに限られる」のと同様の理由だとサトラーはいう。ダイヤモンドの場合,カットしやすいのは結晶構造に沿った方向となる。
ミシガン大学の化学者マルドナド(Stephen Maldonado)は,この成果は「CO2を削減する高効率触媒の設計などに役に立つ可能性がある」と評する。
表面積が大きく,中空という独特な形状を持つこの結晶は,CO2捕獲反応を促進する触媒以外にも有用だろうとサトラーはいう。例えば顕微鏡画像の改善だ。既存の顕微鏡法は固体の結晶性物質の同定には最適だが,生体分子の識別は難しい。サトラーによると,血液や尿のサンプルに含まれる有機分子を同様の中空構造に内包させると,通常なら検出困難な物質の信号を増強できる可能性がある。また,研究チームは酸化鉄や酸化マンガンなど光と強く相互作用する別の物質を調べており,水素燃料電池技術への応用を狙っている。■
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