きょうの日経サイエンス

2019年10月8日

2019年ノーベル物理学賞:私たちの宇宙観に大転換をもたらした米欧の3氏に

 2019年のノーベル物理学賞は私たちの宇宙観に大きな転換をもたらした宇宙分野の研究者に授与される。現在のビッグバン宇宙論の基礎を1960年代半ばに築いた米プリンストン大学のピーブルス(James Peebles)名誉教授と,太陽以外の恒星の周りを回る太陽系外惑星(系外惑星)を1995年に初めて発見したスイス・ジュネーブ大学のマイヨール(Michel Mayor)名誉教授,ケロー(Didier Queloz)教授(英ケンブリッジ大学教授を兼務)の3氏。賞金900万スウェーデンクローナ(約9800万円)の半分がピーブルス博士に,残り半分がマイヨール,ケロー両博士にそれぞれ贈られる。

時空を総覧する  約138億年前に宇宙,つまり私たちが存在している時空が誕生してから起きた主
な出来事を示すイメージ図。インフレーションによって空間が急膨張したように描かれているが,今から
数十億年前からも宇宙は加速膨張していると考えられている。

 

 宇宙は約138億年前にビッグバンで誕生し,当初は光と物質が混合した熱いスープのような状態だったが次第に冷え,誕生から約38万年後,光が物質に邪魔されずに進むことができるようになった結果,それまで曇って先が見えなかった宇宙が一挙に晴れ上がり,遠くまで見通せるようになった。その際に発せられたのが宇宙最古の光である宇宙マイクロ波背景放射だ。今では一般の人にも広く知られている宇宙の誕生と初期進化のシナリオだが,ピーブルス博士はこの根幹部分の理論を1960年代の半ばに築いた。

 宇宙マイクロ波背景放射は1964年,米ベル研究所のペンジアス(Arno Penzias),ウィルソン(Robert Wilson)両博士によって偶然,発見されたが,ピーブルス博士らプリンストン大学の研究グループは当時,ビッグバンの名残の光である宇宙背景放射の存在を理論的に予言し,探索を始めようとしていた。ペンジアス・ウィルソンによる発見から時をおかずして,その重要性が広く天文学界に認識されたのはピーブルス博士らの理論研究の蓄積があったからだ。

 宇宙マイクロ波背景放射には宇宙誕生直後に生じた物質密度の濃淡が刻印されており,その物質密度が濃い場所が種となって銀河や銀河団からなる宇宙の大規模構造が形成されていった。ピーブルス博士は,この濃淡パターンには宇宙の大規模構造など宇宙の枠組みを規定する重要なパラメーターが反映されていることを理論的に示した。この理論研究を踏まえて宇宙マイクロ波背景放射を全天にわたって観測する米国の探査機COBEとWMAP,さらには欧州の探査機Planckが打ち上げられ,現在の宇宙が約138億年前に誕生したこと,宇宙の質量の約68%が暗黒エネルギー,約27%が暗黒物質,約5%が普通の物質で占められていることなど,宇宙の正確な組成が明らかになった。

image: ノーベル財団のプレスリリースを一部改変

 

 一方,マイヨール,ケロー両博士は1995年,地球から約50光年の距離にあるペガスス座51番星で初の系外惑星を発見した。私たちの太陽は天の川銀河の恒星の中でもごく一般的なタイプなので,太陽と似たような星の中には惑星を持つものがあると予想されていた。ところが半世紀以上に及ぶ探索で,ただの1個も見つからなかった。多くの天文学者があきらめかけていた1995年,両博士は,ペガスス座51番星の輝き方が周期的に変化することを発見。太陽系でいえば太陽・水星間の距離の8分の1あたりを約4日で公転している木星のような巨大ガス惑星が存在することを突き止めた。

 天文学者の驚きは大きかった。恒星のそんな近くに,木星サイズの巨大惑星が存在するとは予想外だったからだ。これ以後,同じタイプの惑星が続々と発見され,系外惑星の理解が飛躍的に進んだ。その後,地球に似たタイプの岩石惑星も数多く発見されている。米航空宇宙局(NASA)の資料によると,これまでに約4000個を超える系外惑星の存在が確認されており,候補天体も多数存在する。系外惑星は今や天文学の重要な研究分野で,地球に似た環境を持ち,生命が存在する可能性がある天体を探す動きも活発化している。

(日本経済新聞・中島林彦)

 

詳しくは日経サイエンス2019年12月号(10月25日発売予定)でもご紹介いたします。こちらもどうぞ。

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