粘菌の賢さ〜日経サイエンス2019年8月号より
その意思決定は複雑で,菌株によって傾向が異なっている
「オズの魔法使い」に出てくるかかしは脳みそが欲しくてたまらないが,結局のところ,自分が必要としている知恵はすでに持っていることに気づく。同様に,真正粘菌(数十億個の核を持つ奇妙なゲル状の単細胞生物)も脳はないが,はるかに高等な生物と同じように行動することがある。
「みんなそんなバカなと憤慨するだろうから,粘菌に個性があるとはいわない。だが,この巨大な細胞は非常に複雑に行動し,様々な決断のしかたを示す」と仏トゥールーズ第3ポール・サバティエ大学の行動生物学者デュシュトゥール(Audrey Dussutour)はいう。
速さか正確さか,ウサギとカメの問題
デュシュトゥールらは,ある同じ種の粘菌の3種類の菌株がエサを探す際に速さと正確さのトレードオフにどう対処するかを調べた。日本とオーストラリア,米国のそれぞれに固有の菌株に様々な質の食物源を提示した後,粘菌がどれを選んで食べるかを観察した。最も素早く行動したのは日本の菌株で,見つけた食物をランダムに選んだ。オーストラリアの菌株は最も長く時間をかけたが,最良の食物を選んだ場合が多かった。米国の粘菌は,日本の粘菌よりは遅いがオーストラリアの粘菌よりも短時間で,質の高い食物を選んだ。
日本の素早い粘菌は,食物が少なく競争が激しい環境,つまり何も得られないよりはどんな食物でもとりあえず食べたほうがよい場所で有利になる可能性が高いと,研究チームはProceedings of the Royal Society B誌に報告した。オーストラリアの菌株は,ゆっくり決定することによって最大の栄養を得ることができる食物豊富な環境に適しているのだろう。米国の菌株は,おそらくどちらの環境でも生き延びると考えられる。
これらの発見は,粘菌という単純な生物の意思決定能力に関して近年に増えつつある研究に生態学的な解釈を加えるものだと,英シェフィールド大学の理論・計算生物学者マーシャル(James Marshall,この研究には加わっていない)はいう。「長時間かけて正しい決定をするのは,孤立した状態では意味があるが,他者と競争している環境では,不正確でも素早い決定のほうがよくなる可能性がある」。■
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