フェイシャル・リコール〜日経サイエンス2019年3月号より
顔特定アプリとプライバシーの懸念
結婚式や会議など大人数の集まりが負担に感じられることがある。人の名前を覚えなければというプレッシャーにストレスは増すばかりだ。そんな場合,新しい顔認識アプリが助けになるかもしれない。ただしプライバシーの専門家は,使用には注意が必要だと助言する。
SocialRecall(ソーシャルリコール)というこのアプリは,スマートフォンのカメラと顔認識を通じて名前と顔を関連づけるもので,堅苦しい自己紹介の挨拶を不要にする可能性がある。このアプリを開発して約1000人のイベントでテストした新興企業ソーシャルリコールのサンドリュー(Barry Sandrew)は「誰かに会うときの儀礼に皆が感じている社会的障壁を取り壊す」という。
イベント参加者は主催者からSocialRecallのダウンロードを勧める案内状を受け取り,自撮り写真を2枚用意してソーシャルメディアを通じて登録するよう求められた。イベントでは,あらかじめ決められた領域内でアプリが有効となった。ユーザーが自分のスマホのカメラを参加者の顔に向けると,アプリがその人を特定して名前を表示し,ユーザーのソーシャルメディアのプロファイルに関連づけられる。プライバシー保護のため,アプリが認識するのは実験への参加に同意した人だけだ。データはイベント終了後に自動的に消去されたという。
カナダのトロントにあるライアソン大学でプライバシー・バイ・デザイン研究センターを率いているカブキアン(Ann Cavoukian)はこうした保護対策を高く評価する。だが,このアプリで自分の個人情報を他者と共有する場合,「将来その情報が別の状況で使われて意図しない困った結果を引き起こす可能性があること」を知るべきだと警告する。
ソーシャルリコール社は以前に会った人の顔を認識できない「相貌失認(失顔症)」の患者に向けたバージョンも開発した(自身が相貌失認を患っているサンドリューは自分以外の患者ではまだアプリを試していないという)。このアプリを使うには,まず誰かの顔の画像をスマホのカメラか提供写真によって入手し,それに氏名をタグづけしておく。スマホのカメラが現実世界で同じ顔を特定すると,入力しておいた情報が表示される。開発チームによると,収集されたデータはユーザーのスマホだけに保存される。
ニューヨーク大学で臨床法学の教授を務めているシュルツ(Jason Schultz)はそれでも慎重だ。「このアプリは多くの人の顔を調べることになり,調べられる人たちが負うプライバシーリスクは極めて高い。人物画像の取得に関する同意ポリシーが尊重されているとは思えない」。■
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