鳥たちの免疫〜日経サイエンス2018年12月号より
渡りのパターンによって特徴が異なる
毎年秋が深まると,ヨーロッパとアジアの多くの鳥がアフリカの暖かな日差しを求めて南へ移動する。そして春になると,温暖な旧北区に戻って繁殖と子育てをする。これらの渡り鳥が長旅の間にカゼをひかないのはなぜなのか,長年の謎だった。
「私たちが休暇で海外旅行に行く場合,あらゆる種類のワクチン接種を受ける必要がある」と,スウェーデンにあるルンド大学の生態学者オコナー(Emily O’Connor)はいう。「しかし鳥の場合はそうはいかない。人間には非常に難しいことを,鳥たちはなぜこうもうまく処理しているのだろう?」
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この謎を解くため,オコナーらは1300種を超える小鳥を「渡り鳥」と「アフリカに定住している鳥」,「旧北区に定住している鳥」に分類した(上の写真は旧北区定住鳥の一例,マキバタヒバリ)。その後,32種の代表的な野鳥を捕まえて採血し,遺伝子を解析した。病原体の認識に関与する「MHCクラスⅠ」という一連の免疫系タンパク質をコードしている遺伝子を探した。これらの遺伝子の数が多いほど,免疫系が検出できる侵入者の種類も多くなるという。
この尺度で測ると,アフリカ定住型の免疫系が最もしっかりしていた。旧北区定住型の大半は熱帯地域で進化した鳥が後に北へ広がったものなので,その過程でMHCクラスⅠの多様性が小さくなったのだろうと研究チームは推定している。5月のNature Ecology & Evolution誌に報告。
繁殖地での感染症対策を優先?
「渡り鳥は2つの地域を往来するため,両地域に応じた2組の病原体に対処する必要がある」とオコナーはいう。「だから渡り鳥のMHCクラスⅠ遺伝子の多様性が最も高いと予想していたのだが,実際にはヨーロッパの鳥と変わらないことがわかり,本当に驚いた」。
孵化したばかりのひな鳥は病原体に最も感染しやすく,その時期は親鳥も繁殖のストレスから病気にかかりやすい。このため,渡り鳥には生まれ故郷の繁殖地である北部に多い病原体への抵抗力に関与する遺伝子を持つように選択圧がかかり,熱帯の病原体に対処する遺伝子を犠牲にしてそれらを獲得したのだろうと,オコナーは考えている。
あるいは,渡り鳥は病原体特異的ではない別形態の免疫を発達させてきたのかもしれないと,英エクセター大学の進化生物学者ボノー(Camille Bonneaud)はいう。「病原体と直接戦うのではない別タイプの免疫プロセスを渡り鳥が進化させていないか,さらに調べる必要がある」。■
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