正直な嘘つき〜日経サイエンス2018年11月号より
トランプ大統領の虚言は見かけの信頼性を高めているらしい
トランプ米大統領(Donald Trump)は昨年,自分の就任式に集まった聴衆の数が写真の証拠に反して「過去最多」だったと主張した。彼による数々の大ボラの一例だ。2016年大統領選の候補者はもちろんどちらも模範的正直者には思えなかったが,受けた打撃はトランプよりもクリントン(Hillary Clinton)のほうが大きかったようだ。なぜだろう?
最近の研究によると,嘘は政治家をむしろ頼りになる人物に思わせる場合があるらしい。でしゃばり政治家による白々しい嘘は,ゆがんだ既成体制に対する象徴的な抗議なのだと,支持者はとらえる。
頼りになるのは…
この結論を導いたのはあるオンライン調査研究だ。424人が被験者として実験に参加し,架空の大学自治会長選挙の話を読んだ。現職に対抗する新人候補は学生自治の経験がまったくない。討論で現職は学内での飲酒禁止を支持する研究に言及した。被験者の半数は,その研究は査読つき学術誌に掲載されておらず,新人候補がこの点を指摘したとする話を読んだ。被験者の残り半数は,研究は査読ずみなのだが,新人候補はそうではないと嘘をつき(真偽を簡単にチェック可能な主張),さらに研究チームのメンバーに関して性差別的発言をして社会規範にそむいたとする話を読んだ。
これらの2群をそれぞれさらに2つに分け,片方には現職は正当性に疑問があるという話を,他方には現職が立派な学生代表であるとする話を読ませた。また被験者は性格検査を受け,その結果が現職候補の検査結果と一致している,または新人候補の性格と一致していると無作為に告げられた。そして最後に,新人候補がどれだけ頼りになるかを格付けした。
新人候補と自分の性格タイプが同じだと告げられ,現職の正当性に疑問があるとの話を読んだグループでは男女とも,新人候補が正直であると聞かされた被験者よりも,嘘つきで女性蔑視であると聞かされた人のほうが,新人候補のことを頼りになると評価するケースが多くなった。American Sociological Review誌2月号に報告。
架空の学生自治会は「米国の実社会と政治問題を調べるのとは大違いなので一般化はできないだろうが,このアイデアは興味深い」とトランプ支持者を調査してきたペンシルベニア大学の政治学者ムッツ(Diana Mutz,今回の研究には加わっていない)はいう。(続く)
再録:別冊日経サイエンス230「孤独と共感 脳科学で知る心の世界」