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線虫に驚異的な加速耐性〜日経サイエンス2018年10月号より

40万Gでも平気

 

線虫カエノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)は一流の戦闘機パイロットになれるだろう。生物学研究に広く使われている体長約1mmのこの線形動物は,加速耐性が極めて高いのだ。人間のパイロットが4Gか5G(1Gは地球表面での重力)を受けただけで気を失うのに対し,この線虫は40万Gから無傷で生還することが新たな研究で示された。

 

40万Gは重要な基準だ。理論計算によると,火山噴火や小惑星衝突によって惑星表面から岩石が宇宙に吹き飛ばされるとき,これと同程度の力を受ける。こうした岩石にヒッチハイクしていた生物が生き延びたら,理論上は別の惑星に生命のタネをまくことになるだろう。「弾丸パンスペルミア」という仮説だ。

 

 
ブラジルのサンパウロ大学の遺伝学者ペレイラ(Tiago Pereira)とジ・ソウザ(Tiago de Souza)は,数百匹の線虫を超遠心分離機という装置にかけた。1時間後,死んだに違いないと思いながら線虫を装置から取り出したところ,「何事もなかったかのように自由に泳ぎ回っていた」とペレイラはいう。96%以上が生き残り,不都合な変化は肉体的にも行動上でも見られなかった。「生命は私たちの通常の想像をはるかに超えたストレスに耐える」とペレイラはいう。この研究結果は5月のAstrobiology誌オンライン版に報告された。

 

だが,この極端な実験をもってしても,惑星間旅行の衝撃を完全には再現できてはいないと,研究チームは認める。例えば超遠心分離機が40万Gの状態を作り出すまで約5分かかるのに対し,惑星から吹き飛ばされる岩石はわずか1000分の1秒で同じ状態に達する。また実験では,宇宙の過酷な条件を再現していない。

 

「温度や真空,宇宙放射線といった他の要因も取り入れて試験すべきだ」と,ドイツのハイデルベルクにあるヨーロッパ分子生物学研究所の生化学者エルクト(Cihan Erkut)はいう。ペレイラは今回の実験を,「生命の限界に関する理解」を培うための他の実験の出発点としてとらえている。■

 

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