トリヴァース=ウィラード仮説の証拠〜日経サイエンス2018年9月号より
青とピンクのリュックサックの販売データを解析
親は状況によって,どちらか片方の性別の子供を優遇する傾向にある──というのが,進化生物学の教えだ。最近,色別のリュックサックの売り上げデータを使った研究によって,親の経済状況が息子と娘のどちらに出費するかに影響している可能性が示された。
豊かな親は息子を,貧しい親は娘を優遇
1973年,生物学者のトリヴァース(Robert Trivers)とコンピューター科学者のウィラード(Dan Willard)は有名な論文を発表した。環境に恵まれているときには親は食物や世話などの資源を息子に投入し,環境が厳しいときには娘に投じるという。この「トリヴァース=ウィラード仮説」によると,多くの資源を得た息子は配偶者獲得競争に勝つことができ,一方,娘の場合は生殖パートナーを惹きつけるのが男子よりも一般に容易なので,手持ちの資源が少ない親は娘に投資するようになる(無駄になるかもしれない息子への投資よりも優先する)。トリヴァースとウィラードはさらに,親の状況が出生の男女比にまで影響しうると唱えた。多くの生物種を調べた研究で支持されている説だ。
だが,誕生後の親の投資を調べるのは難しい。今回の新研究では,いくつかの条件に合うような投資の指標を探した。その資源の必要性について本来的な性差がないこと,結果ではなく投資を測る指標であること,客観的であることを条件とした。
中国ネット通販のビッグデータ
研究論文を執筆したニューヨーク市立大学クイーンズ校の社会学者ソン(Shige Song)は,2015年に中国のネット通販大手JD.Com(京東商城)で購入されたピンクと青のリュックサックの金額を調べた。このデータを,男児が少なくとも1人いることがわかっている世帯が購入した青のリュックと,女児が少なくとも1人いることがわかっている世帯が購入したピンクのリュック,合わせて約5000個に絞った。この結果,裕福な世帯が青のリュックに費やした金額はピンクを上回ることがわかった。息子への投資のほうが大きいことを示唆している。貧しい世帯は逆に,青よりもピンクのリュックへの支出が多かった。2月のEvolution and Human Behavior誌電子版に報告。(続く)