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バイリンガルで認知力アップ?〜日経サイエンス2018年8月号より

2カ国語を話す低所得家庭の子供は認知力テストで好成績

 低所得の家庭で育った子供は裕福な家庭の子と比べて認知力テストやその他の学業テストの得点が低いことが多くの研究で繰り返し示されてきた。現在,この不利な立場を緩和する方法を示す研究結果が集積している。別の言語を学ぶのだ。

シンガポールマネージメント大学の研究チームは米国の幼稚園児と小学1年生合わせて1万8000人超の人口統計データと知能評価を解析した結果を1月のChild Development誌電子版に発表した。予想通り,社会経済的地位の低い世帯(家計所得,親の職業と教育水準などに基づく)の子供のほうが認知力テストの得点が低かった。だがこのグループのなかで,自宅で第2言語を話している家庭の子は単一言語の家庭の子に比べ得点が高かった。

大規模データをもとに
複数の言語を話すことが注意力制御などの知的技能や複数の課題を切り替えて処理する能力を高めるという考えは「バイリンガルの利点」と呼ばれるが,それを裏づける研究となると,結果はまちまちだ。ほとんどの研究は,社会経済的地位が中から高の被験者をたかだか数十人集めて,実験室で課題を実行させて調べたものにすぎない。

今回の論文の筆頭著者であるシンガポールマネージメント大学博士課程の大学院生ハータント(Andree Hartanto)は,人口統計学的に米国の人口を反映した標本となる数千人の子供のデータセットを見つけ出したという。バイリンガルの利点に関する調査としてはこれまでで最も大規模で,他のほとんどの調査よりも多様な社会経済的地位をカバーしているとハータントはいう。また,解析にあたっては子供たちの認知技能に関する実世界での計測値を組み込んだ。教師による評価だ。

言語研究でこのように大きなデータセットを利用したのは「画期的な取り組みだ」とスペインのマドリードにあるネブリハ大学の教授ドゥナベイチア(Jon Andoni Duñabeitia,この研究には加わっていない)はいう。だが,このデータはバイリンガルの被験者が各言語をいつ学んだのか,どのくらいの頻度で話すのかといった詳細を含んでいないと指摘する。そうした情報なしには,バイリンガルであることが認知力の優位をどのようにもたらしうるのかについて結論を引き出すのは困難だとハータントも認めている。(続く)

再録:別冊日経サイエンス259『新版 認知科学で探る心の成長と発達』

 

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